右被告の主張には、従来の名誉毀損事件における論争とは若干異なった論点が含まれることとなった。
1 まず第一に、「フォーラムのような場において、名誉毀損に該当するような発言がなされたとしても、名誉毀損的な発言を受けた者は容易に反論主張できる。当事者以外の他の会員は、名誉毀損的な発言とこれに対する反論主張を総合して、名誉毀損発言の正確性を判断することから、名誉毀損的発言だけを取り上げて違法性を判断するのは不当である」という主張の当否である。(-後記対抗言論・行為論関連)
2 第二に「名誉毀損的発言のみを取り上げることが不当でないとしても、このような場における本件各発言は、他の場における発言と比較し、違法性の程度が弱いものであり、名誉毀損には該当しない」という主張の当否である。(-後記違法性についての評価)
三 被告の上記のような立論については、東京大学の高橋和之教授が「インターネットと法」(有斐閣・49ページ以下)という書籍の中で、「対抗言論の理論」と称して、概略下記のような論説を展開しておられる。
1 名誉毀損を受けた者に、犠牲を甘受することを要求することが必ずしも不当とは言えない事情として、もう一つ重要な要素は対抗言論(more-speech)の可能性という問題である。
2 人の名誉が言論により毀損されうるとすれば、その回復もある程度まで言論を通じて行うことができる。
3 名誉毀損と表現の自由の調整を考える場合も、この原則が基本的には妥当する。名誉を毀損されたと主張する者は、対抗言論によって名誉の回復をはかればよいのであって、それが可能なら、国家(裁判所)が救済のために介入する必要はない。むしろ、当人達の自由な言論に委ねておく方がよい。
4 但し、一定の前提が必要である。
イ 第1に、両者が対等な言論手段を有していること。
ロ 第2に、毀損された名誉回復のために、時間的、財政的また精神的にも負担をともなう対抗言論を行うことを要求することが、不公平とは言えない何らかの事情が存在すること。