医療紛争の一断面その1−−−(歯科)説明義務違反
(某歯科医師会報掲載文)
弁護士 服 部 廣 志
一 医師と患者との間に生じるトラブルの多くは、医療ミスが原因ではない。
患者の医師に対する
何らかの「不信感!」
が紛争を引き起こしている。
二 「医療の方法等については、患者は黙っておればよい! 医師にすべてを任せておればよい。医師には、治療方法をどうするか、ということについての選択権が与えられている!」
このような考えで、医療に従事しておれば、必ずトラブルを起こすこととなる。
三 患者は医師を頼って来ている。頼り、そして信頼して来ている。だからこそ、医師に対し「あまり、質問しないことが多い」。
質問しないことをもって、「すべてを任せている」と考えるとトンデモないこととなる。
治療の内容ないし結果について、仮に「医師に対し不信の念を抱いた」としたら、患者は豹変する。
牙をむく。
「愛するがゆえに憎し!」という場合と似た関係となり、医師に対する攻撃は強烈な形をとる。
このような患者という人間の心理を十分理解する必要がある。
四 以上のような紛争は、医師の説明義務違反という形で争われる。
「医療行為それ自体について、医師に過失があったか!」という形態ではなく、医師に「説明義務違反があったか!」という形態で争われることが多い。
ブリッジ(架工義歯)ではなく、健全な歯を削り差し歯(バネ式有床義歯)を施術した。
患者は主張する。
1 説明義務を怠り、希望に沿わない治療をし
2 承諾なく健全な歯を削った、と。
医師は主張する。
1 欠損歯及び両側の歯の状態等から、差し歯が当然の治療方法であるし
2 このような場合に、どのような義歯を入れるかについては、歯科医師に選択権がある、と。
裁判所は、次のように判断した(浦和地裁昭和56年7月22日判決)
1 ブリッジによるか、差し歯によるかは患者にとって重大なことである。
2 このような場合には、医師は患者に対し、「ブリッジにより得ない理由及び次善の方法である差し歯の内容について」説明する義務がある。
3 右の義務は、患者の態度等から患者が明らかにブリッジを望んでいない(明示の意思)場合においては免除されるが、そうでない場合には免除されない。
要するに、「患者にとって重大なことは説明しなさい」、「説明もせずに治療した場合には、医師の治療方法についての選択権行使ということでは済ますことはできません」ということである。
五 「どの医師が判断しても差し歯しかない。ブリッジの施術は不可能である。従って、説明する必要もない。」
このような判断が、紛争を引き起こすのである。
「患者にとって、重要と考えられること」は面倒がらずに説明する。その一言が紛争を防止するのである。
説明をしたところ、「絶対にブリッジは無理か?」と問われた場合、どんなに確信があったとしても、「絶対に無理だ」と回答することは紛争の芽をつくることとなる。「(神様ではないのだから)絶対とは言えない」が、「私は無理と考える」と回答し、その選択を患者に委ねるのも一方法である。
六 患者に対する説明、そして心の触れ合いが紛争を防止する。
以 上