1979年10月31日付朝日新聞朝刊
///////////////////////////////////////
耕耘機、コンバインは必需品(タイトルは山形新聞)
//////////////////////////////////////
 農業をやるのに欠かせない農機具とはいったい何か−ことし5月12日、山形地方裁判所民事部の服部廣志裁判官が、農業の機械化時代を象徴するある異議申し立てについて、ある決定を行った。決定の「主文」はのちに触れよう。
 
 まず問題の発端から書いてみる。
 関係者は3人いる。いずれも山形県内に住む人たちで、仮にA、B、Cとして登場していただく。
 Aは2町歩(2ヘクタール)を耕作する専業農家、Bは家具商、Cは金融会社である。
 紛争は、家具商のBが事業資金1千万円を金融会社のCから借りたことに始まる。家具商は、しかし本年2月倒産した。父さんで、貸した金を返済してもらえなくなった金融会社Cは、4月5日「1千万円のうち、5百万円分は、農家のAが連帯保証人になっている」として、公正証書をタテに、Aさん宅の家財のほか農機具類10点を山形地裁の執行官を通じて差し押さえた。競売日は、4月25日午後2時と指定された。
 差し押さえを食った農機具は耕運機、コンバイン、籾摺(もみすり)機、乾燥機、ライスグレーダー、田植え機、種まき機、育苗機、トラクター、精米器の計10台だ。驚いたAさんは、
  −農繁期を目前に、農機具を差し押さえられたのでは農作業に着手できない
と、ただちに山形市七日町の浜田法律事務所、浜田宗一弁護士を代理人に「執行の方法に対する異議申し立て」を山形地裁民事部に起こした。
 浜田弁護士は,Aから依頼を受けたとき、法律家として「おもしろい」と思った。なぜおもしろい。
 彼はいう。
  −Aの異議申し立ては、一見とるに足りない事件のように見える。差し押さえられた、不服だ、訴える、という簡単な内容だが、しかし私は次の3点に興味を覚えた。その1つは、農民が裁判所に訴えた権利意識が珍しい。
 2つは、執行に関して執行官の勉強不足が挙げられる。
 3つは、裁判所の差し押さえに普通文句はつけないのに、Aはそのやり方を不服として訴えを起こした。
 
 論争点は2つあった。次にあげる。
 @ Aは言う。私は家具商Bのために、そんな額(500万円)の保証人になった覚えは全然ない。Bは言う。農家のAに、確かに保証人になってもらった。
 A 仮にAが保証人であったとしても、この場合、農機具の差し押さえは実情から見て行き過ぎではないか。
 2つは、やはり別個の問題として検討されるべきだろう。専業農家Aの代理人浜田弁護士は、いま差し押さえられた農機具10代が民事訴訟法570条第1項4号の「農業上欠くべからざる農具」であるとし差し押さえを許さない裁判を求める必要があった。
 この法律は古い。明治23年につくられた。法曹会発行の「強制執行法各則」(改訂版)によると「その内容が前近代的なもので不備が多いから、法解釈の許される範囲で現在の社会的、経済的要請に適合するよう運用されなければならない」とある。
 さて
 異議申し立てを受理した山形地裁民事部の服部裁判官は、差し押さえた農機具の1台1台を慎重に審理した。民事訴訟法でいう「農業上欠くべからざる農具」であるかどうか、についてである。A個人の経営規模、農機具の用途はいうまでもない。Aの居住する地方の農家、農協までかなりくわしく調べあげた。
 
 そして、田植えシーズンに入った5月12日、次の決定を下した。
 主文は次のとおりである。
(1)・・・・・・・別紙物件目録記載の耕運機、コンバイン、籾摺機、乾燥機、田植え機、育苗機の有体動産に対してなした強制執行は許さない。
(2)その余の申し立てはいずれも棄却する。
 
 結局、トラスター、ライスグレーダー、種まき機、精米器の4台はそのまま差し押さえとなった。つまり、農家の必需品として認めなかった?わけである。
 
 −全面的な否決なら「農業をやめろ」というにひとしい。しかしこの決定は、機械化農業の現状をよく理解している、と見ていいのではないか。
 浜田弁護士の感想である。