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格安再生インクの是非
H16.12. 8 東京地方裁判所 平成16年(ワ)第8557号 特許権侵害差止請求
物の特許の消尽について
(1) 法律論
 ア 国内消尽について
 (ア) 特許権者が我が国の国内において特許発明に係る製品を譲渡した場合には,当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し,もはや特許権の効力は,当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである(BBS事件最高裁判決)。
 しかしながら,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。
 (イ) そして,本件のようなリサイクル品について,新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
 特許製品の製造者,販売者の意思は,価格維持の考慮等が混入していることがあり得るから,特許製品の通常の使用形態を認める際の一事情として考慮されるにとどまるべきものである。
 イ 国際消尽について
 (ア) 我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては,特許権者は,譲受人に対しては,当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き,譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては,譲受人との間で上記の旨の合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて,当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解される(BBS事件最高裁判決)。
  (イ) しかしながら,上記のような場面においても,上記アと同様な事情が認められる場合には,特許権者による権利行使は許されると解される。
  ウ 原告の主張に対する判断
 原告は,インクを使い切った本件インクタンクが廃棄された後のリサイクル業者の行為に関しては,新たな生産か修理かを判断する必要がない旨主張する。
 しかしながら,特許製品を譲り受けた者は消尽等によりその使用及び譲渡等を自由に行うことができるものであるから,新たな生産か否かが問題とされる行為を行った者が原告からの直接の購入者であるか転得者であるかは,新たな生産か修理かの判断に影響せず,ただ,インクを使い切った本件インクタンクが消費者によって廃棄され又はリサイクルに付されたという事情が,新たな生産か修理かの判断の考慮要素である取引の実情の一部として考慮される関係にあるものと考えられる。
 よって,原告の上記主張は,採用することができない。
 (2) 事実認定
 前提事実に,各項に掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。
 ア 原告製品の構造等
  (ア) 原告製品をインクジェットプリンタで使用すると,液体供給口14から適宜インクが供給され,インクを使い切ると,本件インクタンク本体のみが残る。ただし,負圧発生部材はもともとインクを吸収する性質のものであるため,わずかにインクが残った状態となる。
 本件インクタンク本体は,負圧発生部材を含め,形状や性質は特に変化しておらず,インク収納容器として再利用することが可能である。
(前提事実,弁論の全趣旨)
  (イ) 原告は,本件インクタンクをインクの再充填を行わないものとして設計しており,本件インクタンクには,再充填を可能とする注入孔は設けられていない。そのため,本件インクタンク本体にインクを再充填しようとすると,本件インクタンク本体に穴を開け,内部を洗浄し,インクを注入後,穴に栓をするという方法を採らざるを得ない。
(前提事実,弁論の全趣旨)
  (ウ) 原告が本件インクタンクを再充填可能な設計にしていない理由の一部は,次のとおりである。
  a 液状インクは化学製品であるから,長く使いすぎると化学的変質や溶剤の蒸発による濃度変化を生ずる危険があるが,インクを使い切った後に再充填した場合,この危険が増大する。
  b インクの変質は,プリンタの印字品質を低下させ,プリンタ印字ヘッドの目詰まりなどの障害発生の原因となる。
  c また,プリンタ用のインクは,各プリンタの設計に合わせ,その印字機構が最高の機能を発揮できるように,独自の特性のものが使用されているから,インクが変われば,やはりプリンタの性能に影響し,故障の原因ともなる。
  d 仮に再充填しようとしても,特に繊維体である負圧発生部材の洗浄は,手数のかかる作業であるから,消費者が行うことができることではない。
  e 本件インクタンク本体についても,時間の経過とともに劣化が考えられる。
(弁論の全趣旨)
  (エ) 原告は,インクタンクの再使用をしないことを呼びかける趣旨を含めて,原告製品のパッケージに「原告製使用済みインクタンク,BJカートリッジの回収にご協力ください。」と記載して販売し,ウェブサイト上でも,使用済みカートリッジの回収を呼びかけている。
(甲9)
  (オ) インクの再充填によるインクの変質により,プリンタの印字品質の低下やプリンタ印字ヘッドの目詰まりなどの障害発生がどの程度高まるか,及び障害はどの程度のものかを示す的確な証拠はない。しかも,後記ウのとおり,詰め替え用インクや被告製品のようにインクを詰め替えた製品が相当数販売されている事実からすると,原告主張の印字ヘッドの目詰まり等の危険が,消費者の選択にゆだねても差し支えない程度を超えるものであることの立証はないといわなければならない。
  イ 本件発明1の構成,作用効果の概要
  (ア) 本件インクタンクのように,インクタンクを2室に分け,インク供給口を有する側にのみインク吸収体を充填し,他の室にはインクのみを収納する構成とすると,製品の運送中に傾けて置かれた場合,負圧発生部材収納室にインクが過剰に流れ込み,大気連通部などからインクが溢れるという欠陥があった。
 本件発明1は,インク吸収体を2つに分け,その界面部分の毛管力を各インク吸収体の毛管力より高くする構成とし,界面部分の上方までインクを充填すると,本件明細書図2(b)に示されるような厳しい条件の姿勢であっても,界面部分に保持されているインクが,大気連通部からの空気を遮断して,液体収納室への空気の流入を防止することにより,負圧発生部材収納室に過剰なインクが流れ込むことを防止できるという作用効果を有するものであり,負圧発生部材収納室の構成と特定の態様にインクを充填することを主な構成要件とするものである。
  (イ) 本件発明1では,インクの充填が構成要件の一部を構成しているが,インクそれ自体は,特許された部品ではない。
(前提事実,弁論の全趣旨)
  ウ 取引の実情等
  (ア)a 甲会社の関連会社(乙会社)は,原告製品のインクを使い切ったインクタンク本体を北米,欧州及び日本を含むアジアから収集している。
  b 使用済みの本件インクタンク本体を有する消費者は,それを家庭用ゴミとして捨てたり,リサイクルのために家電量販店,学校,教会等に設置された回収ボックスに投入する。大部分の場合,消費者は,本件インクタンク本体の対価を得ることはないが,1個当たり10円ないし20円の対価を支払う事例も増えている。
  c 回収業者は,家電量販店等の回収ボックス等によって回収された本件インクタンク本体を若干の謝礼を支払って買い取り,甲会社の関連会社(乙会社)に対し,回収の経費に利益を上乗せした価格で売却している。
  d なお,原告は,他のメーカーと同様,一般消費者に対し,使用済みインクタンクの回収への協力を呼びかけ,回収したインクタンクをプラスチック材料の資源としてリサイクルしている。
  (イ) 株式会社Bの市場調査部門であるB総研は,平成16年4月,日本国内向けのウェブサイト上で,インクジェットプリンタ用インクカートリッジの利用者に対するアンケート調査を行ったが,その結果は,次のとおりである。
  a リサイクルインクカートリッジの利用状況
    現在利用している           8.8%
    現在は利用していない         8.7%
現在・過去とも利用していない    81.6%
  b リサイクルインクカートリッジの利用意向
    是非利用したい           14.3%
    なるべく利用したい         19.1%
    わからない             45.8%
    あまり利用したくない         9.8%
    全く利用する気はない         7.0%
  c 使用後のインクカートリッジの処理
    自宅でゴミとして廃棄する      48.2%
    家電量販店等に設置されている回収箱に入れる
                      46.1%
    インク詰め替えを行い再利用する    4.4%
 (ウ)a 被告は,平成16年6月まで,被告製品の輸入を行っていた。
 b 株式会社Aは,平成15年10月ころから,我が国の家電量販店やウェブサイト上において,原告用やE等の他メーカー用の被告製品と同種の製品を,相当安い価格で販売している。
  c 現在,他の多くの会社も,被告製品と同種の製品を安く販売している。
  d A製品等の製造を行っているC株式会社は,平成16年6月,設備投資を行い,原告用,E用等のインクタンクのリサイクル能力を月産30万個に高めた。
 (エ)a 原告のインクタンク用の詰め替え用インクも,我が国において販売されている。この商品には,インクを再充填する際に必要となる注入孔を開けるためのドリル,注入孔を塞ぐためのプラグ等の付属品が付いているものもある。
 詰め替え用インクを使用した場合,印字の鮮明度が純正品に比し劣ることを認めるに足りる証拠はない。
  b E等の他メーカー用の詰め替え用インクも,同様に販売されている。
(オ) アメリカ合衆国及びドイツにおいては,インクジェットプリンタ用インクタンクのリサイクル品の販売は,我が国よりも大規模に行われている。
  (カ) 近年,廃棄物の大量発生が深刻な社会問題・環境問題を引き起こしているが,リサイクル可能な物品のリサイクルを行うことは,社会全体にとって極めて有用かつ重要である。かかる観点から,資源の有効な利用の促進に関する法律(平成3年法律第48号)が制定され,平成14年改正後の同法は,再生資源及び再生部品の使用は企業を含む国民の責務である旨定めている。
(争いのない事実)
 (3) 国内消尽について
  ア 上記(2)に説示の事実をまとめれば,次のとおりである。
  (ア) 特許製品の構造等
 本件インクタンク本体は,インクを使い切った後も破損等がなく,インク収納容器として十分再利用することが可能であり,消耗品であるインクに比し耐用期間が長い関係にある。この点は,撮影後にフィルムを取り出し,新たなフィルムを装填すると,裏カバーと本体との間のフック,超音波溶着部分等が破壊されてしまう使い捨てカメラ事件判決の事案とは大きく異なっている。
 そして,液体収納室の上面に注入孔を開ければ,インクの再充填が可能である。
 インクの変質等に起因する障害を防止する観点からは,原告指摘のとおり本件インクタンク本体を再利用しないことが最良であるが,上記障害が有意なものであることの立証はないし,純正品を使うかリサイクル品を使うかは,本来プリンタの所有者がプリンタやインクタンクの価格との兼ね合いを考慮して決定すべき事項である。
  (イ) 特許発明の内容
  a 原告主張のとおり,本件発明1においては,毛管力が高い界面部分を有する構造と界面部分の上方までインクを充填することの組合せにより,輸送中のインクの漏れを防ぐ効果を奏しているものであるが,毛管力が高い界面部分を形成した構造が重要であり,界面部分の上方までインクを充填することは,上記構造に規定された必然ともいうべき充填方法であるといわざるを得ない。そして,本件インクタンク本体においては,上記毛管力が高い界面部分の構造は,インクを使い切った後もそのまま残存しているものである。
  b また,本件発明1では,インクの充填は構成要件の一部を構成しているが,インクそれ自体は,特許された部品ではない。
  (ウ) 取引の実情等
 本件インクタンク本体は,もともとゴミとして廃棄されている割合が高かったが,環境保護及び経費削減の観点から,リサイクルされた安価なインクタンクへの指向が高まり,近年では,被告製品のような再充填品を売る業者の数が多くなり,平成16年4月に行われたアンケート調査結果によると,リサイクルインクカートリッジを現在利用している割合だけでも,8.8%に達している。そして,リサイクルされた安価なインクタンクへの指向は,今後更に高まることが予想される。
  イ 以上の事実によれば,本件インクタンク本体にインクを再充填して被告製品としたことが新たな生産に当たると認めることはできないから,日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき,国内消尽の成立が認められる。
 (4) 国際消尽について
 また,前記(2)及び(3)アの事実によれば,海外で譲渡された原告製品に基づく被告製品についても,国際消尽の成立が認められる。
 2 争点(2)(製造方法の特許の消尽等)について
 (1) 法律論
  ア 国内消尽について
 物を生産する方法の特許についても,物の特許の場合と同様に(前記1(1)ア参照),国内消尽が成立し,特許権の効力は当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,特許製品の機能,構造,材質,用途などの客観的な性質,特許発明の内容,特許製品の通常の使用形態,加えられた加工の程度,取引の実情等を総合考慮して判断すべきである。
  イ 国際消尽について
 物を生産する方法の特許についても,物の特許の場合と同様に(前記1(1)イ参照),国際消尽が成立し,特許権の効力は当該特許製品を使用し,譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないが,特許権の効力のうち生産する権利については,もともと消尽はあり得ないから,特許製品を適法に購入した者であっても,新たに別個の実施対象を生産するものと評価される行為をすれば,特許権を侵害することになる。新たな生産か,それに達しない修理の範囲内かの判断は,国内消尽の場合と同様に,上記アに掲げた諸事情を総合考慮して判断すべきである。
  ウ 原告の主張に対する判断
 原告は,物を生産する方法の発明の場合,当該製造方法が特許として認められている以上,その実施行為が特許法上の製造に当たることに議論の余地がないから,特許製品の構造,特許発明の内容,取引の実情等に基づき新たな生産か修理かの判断を行う必要はない旨主張する。
 しかしながら,特許された製造方法により生産された製品を譲り受けた者が,当該製品を使用し譲渡等する権利に基づき,その製品の寿命を維持又は保持するために当該特許製品を修理することができることは,物の特許の場合と同様であり,製造方法の特許についてだけ構成要件の一部に該当する行為があれば当然特許権侵害となると解すべき理由はない。したがって,物を生産する方法の特許の場合も,物の特許の場合におけると同様な考慮要素を総合して新たな生産か修理かを判断する必要があるというべきであり,これに反する原告の主張は採用することができない。
 (2) 国内消尽について
  ア 原告製品の構造等,取引の実情等は,前記1(2)ア,ウ及び(3)ア(ア),(ウ)で認定したとおりである。
  イ そして,本件発明10の構成,作用効果の概要は,前記1(2)イで認定した本件発明1のそれと異なるところはないから,前記1(3)ア(イ)で述べたことは,本件発明10にそのまま当てはまる。
  ウ したがって,本件発明10についての特許の関係においても,本件インクタンク本体を用意し,特定の態様にインクを再充填して被告製品としたことが新たな生産に当たるものと認めることができないから,日本で譲渡された原告製品に基づく被告製品につき,国内消尽の成立が認められる。
 (3) 国際消尽について
 また,海外で譲渡された原告製品を再製品化した被告製品についても,上記(2)と同じ理由で,国際消尽の成立が認められる。
 
 
 
 
 
最高裁判所 平成13年(行ヒ)第224号 平成16年10月29日 第二小法廷判決 破棄差戻
固定資産課税台帳に価格が登録されていない不動産について固定資産評価基準によって決定された価格が,その取得時における客観的な交換価値を上回れば,上記価格に基づいてされた不動産取得税の賦課決定は違法となる
 法は,不動産取得税の課税標準となるべき不動産の価格とは,不動産を取得した時における適正な時価(法73条5号,73条の13第1項)をいう旨規定し,固定資産税の課税標準である土地又は家屋の価格の意義について定める地方税法(平成11年法律第15号による改正前のもの)341条5号,法349条1項と同様の規定を置いている。そうすると,法73条の21第2項により決定されるべき上記の不動産の価格とは,固定資産税の課税標準である土地又は家屋の価格と同様に,正常な条件の下に成立する当該不動産の取得時におけるその取引価格,すなわち,客観的な交換価値をいうと解される。そして,法は,評価基準等が適正な時価を算定するための一つの合理的方法であるとするものであるから,評価基準等に従って決定された不動産の価格が上記の客観的な交換価値を上回るものであれば,当該価格の決定は違法となると解される(最高裁平成10年(行ヒ)第41号同15年6月26日第一小法廷判決・民集57巻6号723頁参照)。
 
H16.11.10 東京地方裁判所 平成15年(ワ)第23221号判決
 他人に知られたくない私生活上の事実,情報をみだりに公表されない権利ないし利益は,プライバシー権として法的に保護され,公表された内容が,@私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であって,A一般人の感受性を基準として他人への公開を欲しない事柄であり,Bこれが一般にいまだ知られておらず,かつ,Cその公表によって被害者が不快,不安の念を覚えるものであるときは,プライバシー権を侵害する行為となる。
 原告指摘箇所(1)〜(5)は,原告がCと親密な交際関係にあり,原告がCと濃厚なキスをしている様子を内容とするものであるから,私生活上の事実に該当し,一般人の感受性を基準として他人への公開を欲しない事柄であると認められる。
 原告がCと親密な交際関係にあること,同人と濃厚なキスをしたこと及びキスに至る経緯や情況がどのようなものであったかに関する情報も,本件雑誌の発売当時,いまだプライバシー権による保護が可能な程度に一般に知られていない事実であったと認められる。
 被告らは,BUBKA10月号等や東京スポーツによる報道により一般に知られていない事実ではなくなった旨主張する。確かに,BUBKA10月号等だけでなく,250万部の部数を有する東京スポーツへの掲載により,国民のうち相当数の者がCとの交際の事実や濃厚なキスをしたことを知ったことはうかがわれるが,東京スポーツ等の掲載のみからは,立ち読み等があることを考慮しても,国民の半数を遙かに超える者は依然としてこれらの事実を知らなかったものと推認されるところであり,被告らの上記主張は採用することができない。
 みだりに自己の容貌,姿態を撮影されず,撮影された写真を公表されることのない権利ないし利益は,肖像権として法的に保護される。
 (1) キス写真は,第三者のいるクラブ内で,第三者の見ている状況の下で,クラブ経営者により撮影されたものであり,原告がキス写真の撮影を容認していたことは,当事者間に争いがない。
 (2) しかしながら,写真の「撮影」の承諾と「公表」の承諾とはである。しかも,原告代理人の山崎弁護士が本件雑誌の発売に先立つ平成15年9月2日,被告会社のD編集長に対し,キス写真及びそれに関連する情報の掲載に同意しない旨を明確に伝えたことは,当事者間に争いがない。したがって,被告ら主張の撮影状況から公表の承諾もあったものと認めることはできず,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。
 原告の有名女優であるCとの親密な交際やキスの事実,特に濃厚なキスの事実及びその状況は,極めて私的な事項であり,プライバシー保護が要求される程度が高いものである。これに対し,キスの事実は,不倫行為の一部である等の事情もうかがわれない以上,相当規模の企業の役員につき,経営能力,識見を含む行動全般の批判,論評のためにさほど必要な事実ではない。したがって,原告が公的存在又はそれに近い地位にあることを理由に,原告指摘箇所(1)〜(5)の公表につき違法性がない旨の被告らの主張(抗弁(2)ア(ア))は理由がない。
 以上の検討を踏まえ,Cとのキスの事実等を公表されない原告の利益と被告会社が原告のキスの事実等を報道する理由とを比較衡量すると,侵害部分については,公表されない利益公表する理由優越しているといわざるを得ない。
 以上によれば,違法性阻却事由が存在しない原告指摘箇所を公表した被告らの行為については,プライバシー侵害の不法行為及びその一部については更に肖像権侵害の不法行為が成立する。
 
 
最高裁判所 平成13年(オ)第1513号、平成13年(受)第1508号 平成16年11月25日 第一小法廷判決 一部棄却,一部破棄自判
放送事業者がした真実でない事項の放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人は,放送事業者に対し,放送法4条1項の規定に基づく訂正又は取消しの放送を求める私法上の権利を有しない
 法4条は,放送事業者が真実でない事項の放送をしたという理由によって,その放送により権利の侵害を受けた本人又はその直接関係人(以下「被害者」と総称する。)から,放送のあった日から3か月以内に請求があったときは,放送事業者は,遅滞なくその放送をした事項が真実でないかどうかを調査して,その真実でないことが判明したときは,判明した日から2日以内に,その放送をした放送設備と同等の放送設備により,相当の方法で,訂正又は取消しの放送(以下「訂正放送等」と総称する。)をしなければならないとし(1項),放送事業者がその放送について真実でない事項を発見したときも,上記と同様の訂正放送等をしなければならないと定めている(2項)。そして,法56条1項は,法4条1項の規定に違反した場合の罰則を定めている。
 このように,法4条1項は,真実でない事項の放送について被害者から請求があった場合に,放送事業者に対して訂正放送等を義務付けるものであるが,この請求や義務の性質については,法の全体的な枠組みと趣旨を踏まえて解釈する必要がある。憲法21条が規定する表現の自由の保障の下において,法1条は,「放送が国民に最大限に普及されて,その効用をもたらすことを保障すること」(1号),「放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること」(2号),「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」(3号)という三つの原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを法の目的とすると規定しており,法2条以下の規定は,この三つの原則を具体化したものということができる。法3条は,上記の表現の自由及び放送の自律性の保障の理念を具体化し,「放送番組は,法律に定める権限に基く場合でなければ,何人からも干渉され,又は規律されることがない」として,放送番組編集の自由を規定している。すなわち,別に法律で定める権限に基づく場合でなければ,他からの放送番組編集への関与は許されないのである。法4条1項も,これらの規定を受けたものであって,上記の放送の自律性の保障の理念を踏まえた上で,上記の真実性の保障の理念を具体化するための規定であると解される。そして,このことに加え,法4条1項自体をみても,放送をした事項が真実でないことが放送事業者に判明したときに訂正放送等を行うことを義務付けているだけであって,訂正放送等に関する裁判所の関与を規定していないこと,同項所定の義務違反について罰則が定められていること等を併せ考えると,同項は,真実でない事項の放送がされた場合において,放送内容の真実性の保障及び他からの干渉を排除することによる表現の自由の確保の観点から,放送事業者に対し,自律的に訂正放送等を行うことを国民全体に対する公法上の義務として定めたものであって,被害者に対して訂正放送等を求める私法上の請求権を付与する趣旨の規定ではないと解するのが相当である。前記のとおり,法4条1項は被害者からの訂正放送等の請求について規定しているが,同条2項の規定内容を併せ考えると,これは,同請求を,放送事業者が当該放送の真実性に関する調査及び訂正放送等を行うための端緒と位置付けているものと解するのが相当であって,これをもって,上記の私法上の請求権の根拠と解することはできない。
 したがって,被害者は,放送事業者に対し,法4条1項の規定に基づく訂正放送等を求める私法上の権利を有しないというべきである。
 
 
最高裁判所 平成15年(受)第1710号 平成16年11月26日 第二小法廷判決 破棄自判
宅地建物取引業保証協会が宅地建物取引業者からの入会申込みにつき宅地建物取引業協会の会員でなければならないとの資格要件を満たさないことを理由にこれを拒否したことが不法行為とならないとされた事例
 (1) 保証協会は,宅地建物取引業者が社員となって設立される社団法人であり,その業務として,社員の取り扱った宅地建物取引業に係る取引に関する苦情の解決,取引主任者その他宅地建物取引業の業務に従事し又は従事しようとする者に対する研修及び社員と宅地建物取引業に関し取引をした者の有するその取引により生じた債権に関して弁済をする業務を行うものである(法64条の3第1項)。そして,この弁済業務については,次のように定められている。@保証協会の社員は,当該保証協会に弁済業務保証金分担金を納付する(法64条の9)。A保証協会は,社員から上記納付を受けた額に相当する額の弁済業務保証金を供託する(法64条の7)。B保証協会の社員と宅地建物取引業に関して取引をした者は,その取引によって生じた債権に関し,当該社員が社員でないとした場合に供託すべき営業保証金の額に相当する額の範囲内において,当該保証協会が供託した弁済業務保証金から弁済を受ける権利を有する(法64の8第1項)。C上記権利の実行により弁済業務保証金の還付があったときは,当該還付に係る社員又は社員であった者は,当該還付額に相当する額の還付充当金を当該保証協会に納付しなければならない(法64条の10)。D保証協会は,上記権利の実行があった場合においては,その権利の実行により還付された弁済業務保証金の額に相当する額の弁済業務保証金を供託しなければならない(法64条の8第3項)。さらに,保証協会は,上記供託をする場合において上記還付充当金の納付がなかったときの弁済業務保証金の供託に充てるため,弁済業務保証金準備金を積み立てなければならない(法64条の12第1項)。上記供託をする場合において,上記準備金を弁済業務保証金に充ててなお不足するときは,その不足額に充てるため,社員は,保証協会に対し,特別弁済業務保証金分担金を納付しなければならない(法64条の12第3項,第4項)。
 (2) 以上によれば,保証協会の上記弁済業務に係る制度は,宅地建物取引業者の営業上の取引による債務の支払を担保するために宅地建物取引業者がすべきものとされている営業保証金の供託を,保証協会の社員が納付した弁済業務保証金分担金を原資として保証協会が行う弁済業務保証金の供託によって代替するものであり,保証協会の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者との間の取引により生じた債権については,保証協会及びその社員の負担において,上記債権の支払が担保される仕組みとなっている。そうすると,保証協会としては,入会を申し込む個々の宅地建物取引業者の信用性,その者が関係法令を遵守する業者であるか否か等について重大な利害関係を有するものであり,上記弁済業務に係る制度を適切に運営し,これを維持するために,保証協会が,その入会資格につき,上記の入会者の関係法令の遵守等の観点からの一定の資格要件を定めることには十分な合理性があるというべきである。
 前記の事実関係及び記録によれば,上告人は,全宅連及び都道府県宅建業協会との間で,上告人の業務中,取引主任者その他宅地建物取引業の業務に従事し又は従事しようとする者に対する研修業務を共同で実施しており,社員の取り扱った宅地建物取引業に係る取引に関する苦情の解決に係る業務を委託するなど密接な関係にあること,各種の情報が都道府県宅建業協会からその会員に提供されること,上告人としては,このような関係にある都道府県宅建業協会の会員であって,その指導,監督の下にある宅地建物取引業者であれば,上記研修の実施等により,入会者の関係法令の遵守等が相当程度期待し得るものとして,本件入会資格要件を定めたことが明らかである。そうだとすると,本件入会資格要件は,入会者の関係法令の遵守等の観点から定められた合理的なものというべきであり,公序良俗に違反するものとはいえない。
 また,本件定款は,入会等につき,入会しようとする者は理事会の承認を得なければならない旨を定めており(6条1項),本件定款の実施細目として,本件定款の施行について必要な事項は,会長が理事会の議決を得て別に定めるものとしている(42条)。この規定に基づき,理事会の議決を得て定められた本件規則3条1項所定の本件入会資格要件は,本件定款所定の上記の入会の要件である「理事会の承認」を得るために不可欠な条件を,本件定款の施行について必要な事項の一つとして定めたものと解することができ,本件定款に違反するものということはできない。
 以上の諸点に,宅地建物取引業者は,保証協会に入会しなくても,法25条所定の営業保証金を供託することにより宅地建物取引業を営むことができるものであることを併せ考慮すると,上告人が,被上告人に対し,被上告人が本件入会資格要件を満たさないことを理由に,その入会申込みを拒否した行為をもって,慰謝料請求権の発生を肯認し得る不法行為と評価することはできないものというべきである。
 
 
最高裁判所 平成16年(受)第247号 平成16年11月18日 第一小法廷判決 破棄自判
有責配偶者からの離婚請求を認容することができないとされた事例
 有責配偶者からされた離婚請求については,@夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及んでいるか否か,Aその間に未成熟の子が存在するか否か,B相手方配偶者