契約解除権の発生要件と法律行為の付款

−−−−我妻民法総則の記載について−−−−

2000年3月12日  大阪弁護士会 弁護士 服 部 廣 志

要旨

我妻先生の民法総則は、次のように記載の一部訂正がなされるべきである。

原文  一週間以内に、履行しないときは、改めて解除の意思表示をすることを要せず、解除の効果を生ずる、という条件付解除は相手方をとくに不利におとし入れるものではないから、有効・・・・・

訂正  一週間以内に、履行しないときは、改めて解除の意思表示をすることを要せず、解除の効果を生ずる、という解除の方法は、相当の履行催告期間内に履行しない場合には解除権を取得するという法定条件を記載しているに過ぎず、また右解除の意思表示は、「履行催告した相当期間が経過したとき」を停止期限にしているものであるから、何らの問題もなく、有効・・・・




一 「戦後日本の民法そのもの」と表現してもよい我妻栄元東大教授の民法総則に明白な誤記載があり、それがためか、多くの大学教授の著となる民法総則の書籍も、我妻教授と同様の誤記載がなされているのではないだろうか。

二 新訂民法総則(民法講義I)・岩波書店。410頁以下

1 単独行為に条件を付することは、相手方の地位を著しく不利益にするおそれがあるから、一般的に許されないと解されている。相殺には明文がある(506条)、解除(540条以下)、取消、追認、買戻(579条)、選択債権の選択(407条)などもこれに属する。

2 但し、この場合には、相手方の同意があるか、または条件の内容がそのために相手方をとくに不利におとし入れるものではないときは、条件を付することが許される。

3 一週間以内に履行しないときには、改めて解除の意思表示をすることを要せずに、解除の効果を生ずる、という条件付き解除はその適例であって、多くの場合に行われている(判例、通説)。

三 上記新訂民法総則の記載の3の部分の「条件付き解除はその適例で・・」という部分に、問題がある。

1 我妻先生の、上記記載は、民法総則の法律行為の付款としての「条件」の説明欄に記載されており、あきらかに、「法律行為の付款」としての「条件」の説明である。

2 しかしながら、民法541条は「当事者の一方がその債務を履行せざるときは、相手方は相当の期間を定めてその履行を催告し、もしその期間内に履行なきときは契約の解除をなすことを得」と定めているのである。

3 即ち、「相手方に、相当な期間を定めて履行の催告をする」ということは、民法が認めた契約解除権の発生原因事実、要件事実なのである。

4 「法律行為の付款」とは、前記我妻民法総則によると、「法律行為の内容が無制限に効力を生ずる一般の場合に比較して、特殊の制限を付加するもの・・・」であり、また、それは「・・それらの意思は、効果意思の内容の一部分となるのであるから、法律は、普通の法律行為を認めるのと同様の理由から、その意思を認め、その意思どおりの効果の達成に助力すべきである」(前記民法総則406頁)と記載されている。  他方、有斐閣民事法学辞典下巻・1843頁には、法律行為の付款と似て、法律行為の付款でない「法定条件」について、次のとおり、解説している。

イ 法定条件は法律行為の効力の発生・持続(消滅)のための本来の法律要件そのものであって、当事者が法律行為の付款として任意に定めたものではないから、真の意味の条件ではない。

ロ 法定条件であるか否かは、その条件事実の法律要件性の原因による区別であって、効力の差異による区別ではない。

ハ 当事者が当該の事実(注・法定条件事実)を条件としても、それはただ法律の要求している要件事実を重複的に述べたのにとどまるからこのような条件はなんらの特別な効力を持たない。

5 以上から考えると、前記我妻民法総則の

 「一週間以内に履行しないときには、改めて解除の意思表示をすることを要せずに、解除の効果を生ずる、という条件付き解除はその適例であって、多くの場合に行われている(判例、通説)」

 という記載は、誤解をうむ記載である。

 何故なら、我妻民法総則の右の記載からすれば、このような「意思表示は、法律行為の付款としての、停止条件付の意思表示である」との誤解を生む結果となるからである。
 これは、決して「法律行為の付款としての停止条件」が付された法律行為ではなく、単に、契約解除権取得のための要件事実、法定条件を記載しているに過ぎないからである。
 前記のような趣旨の意思表示は、「契約解除権を取得すると同時に契約解除します」と言っているに過ぎないものであり、「契約解除権を取得したとき」というのは、「履行催告した相当期間が経過したとき」ということとなるから、前記のような意思表示は「履行催告した相当期間の経過」という「とき」を期限とした契約解除の意思表示なのである。

6 現実の実務のなかで、例えば、賃料不払いの場合における履行催告と同時にする契約解除の意思表示の記載は、次のとおりである。

イ 本書面到達後7日(相当と認められる期間)以内に右滞納家賃全額を支払われるよう催告する

ロ 右期間内に支払われない場合には、

ハ 右期間の経過を停止期限として本件賃貸借契約を解除する。

  右の記載のうち、ロは契約解除権を取得するための要件事実、法定条件であることから、記載することは必ずしも必要はないのである。
 イ記載の催告をすれば、右催告期間の経過により、契約解除権を取得し、次いで契約解除の意思表示をすれば足りるからである。
 契約解除の意思表示に、「右期間の経過」を期限として、というように期限を付すのは、未だ、解除権を取得していない段階であるから、「解除権を取得するときまで、解除する、という意思表示の効力の発生を止めておき、その意思表示を、文字どおり、解除権の行使にするためなのである。

6 以上のとおり、契約解除権の取得のための要件事実、法定条件を記載した意思表示をして「停止条件」という「付款」がついた意思表示であるとの誤解を生じさせかねない前記我妻先生の民法総則の記載には、問題があるのである。

7 以上を別な観点から述べると、「契約解除権の発生要件が、契約解除という法律行為の付款たり得ない」という言葉で、表現できるものである。

四 「契約解除権の発生要件が、契約解除という法律行為の付款たり得ない」という命題さえ理解しておけば、このような誤解はしないものであるが、「戦後日本民法そのもの」とも言える我妻先生が誤解を招きかねない表現をしたしまったことから、その後の大学教授や弁護士らも、これに引きづれて、深く考えず、我妻先生の記載を、誤って引用しているものと理解される。

五 我妻先生の民法総則は、次のように記載の訂正がなされるべきである。

 原文
 一週間以内に、履行しないときは、改めて解除の意思表示をすることを要せず、解除の効果を生ずる、という条件付解除は相手方をとくに不利におとし入れるものではないから、有効・・・・・

 訂正
 一週間以内に、履行しないときは、改めて解除の意思表示をすることを要せず、解除の効果を生ずる、という解除の方法は、相当の履行催告期間内に履行しない場合には解除権を取得するという法定条件を記載しているに過ぎず、また右解除の意思表示は、「履行催告した相当期間が経過したとき」を停止期限にしているものであるから、何らの問題もなく、有効・・・・

以  上