毎日新聞 2008年5月18日 中部朝刊
真相・深層:飲酒運転立件ウィドマーク法 濃度、数式で推計 量や時間「証言」頼り
 
◇慎重運用求める声も
 飲酒から事故までの経過時間などを数式にあてはめて事故当時のアルコール濃度を推計する「ウィドマーク法」を飲酒運転の立件に活用する例が増えている。違反者の逃げ得を許さない“優れもの”だが、活用例が多い大阪と愛知で昨年と今年、相次いで一部無罪判決が下された。数式の信頼性は高くても、入力する経過時間などの特定が難しいためで、慎重な運用を求める声もある。
◇一部で無罪判決
 先月28日に名古屋高裁であったひき逃げ事件の控訴審判決。被告の男(38)はウィドマーク法に基づき、アルコール濃度が酒気帯び運転の基準(呼気1リットルあたり0・15ミリグラム)以上だったとして道交法違反などの罪で起訴された。1審は有罪だったが、高裁は酒気帯び運転について無罪を言い渡した。
 数式に入れるのは、経過時間や飲酒量、アルコール度数など。男は当日、午後7時過ぎに飲酒を始め、11時半ごろに事故を起こした。1審は検察側の主張に沿い、飲酒量を1・93リットル、経過時間を4・3時間と認定。だが高裁は経過時間を4・5時間に訂正した。
 わずか12分差だが、飲酒量を1・93リットルとして計算すると、4・3時間での濃度の推計値は0・155〜0・666ミリグラム、4・5時間では0・137〜0・655ミリグラム。基準を下回る可能性が出たのが無罪の理由だった。
 また県警は飲酒の再現実験もして飲酒量を1・93リットルと推計、1審では採用されたが、高裁判決はこの推計も「厳密ではない」と結論づけた。飲酒事故で経過時間や飲酒量を特定するには当事者や目撃者の証言が重要となるが、記憶があいまいなケースも多い。愛知の事件も同じで、判決はこの点を考慮した。
 
 ウィドマーク法の活用は、飲酒運転の厳罰化を求める声に応じ、06年ごろから増え始めた。愛知県警は05〜07年、20件の立件に活用。大阪府警は06〜07年、アルコールの影響による危険運転致死傷罪を適用した25件中15件で使った。名古屋地検幹部は「愛知や大阪は事故が多く、厳罰化の求めに応える必要があった」と分析する。
 
 大阪地裁でも昨年6月、ウィドマーク法に基づき道交法違反罪などで起訴された被告に一部無罪判決が出た。公判では飲酒量が争われ、判決は愛知の事件と同様、あいまい部分を被告に有利に解釈し、検察側の主張より少なめに認定した。
 
 二つの事件は、取り調べ過程で被告の供述が変わり、特定された飲酒量が増えた点で共通、大阪判決では誘導捜査の可能性も指摘された。
 
 大阪の事件で弁護を担当した服部廣志弁護士(大阪弁護士会)は「飲酒量などの推計に幅がある場合は被告に有利に解釈し、慎重に運用してほしい」と訴える。【秋山信一】