刑事弁護経験交流会「交通事件」
日 時 平成24年2月13日
場 所 大阪弁護士会館 2階
○司会 どうも、ありがとうございました。
次に、服部先生が担当された事案は、平成18年5月3日未明、大阪市住吉区で貨物自動車を運転中、信号待ちの乗用車に追突し、運転手の男性の首に軽いけがを負わせて逃げた事案で、事故5時間半後の飲酒検知では、酒気帯びの基準値に満たなかったのですが、検察側はウィドマーク法を使って酒気帯び運転の罪でも起訴したという事案です。服部先生、よろしくお願いいたします。
○服部廣志 皆さん、こんばんは 服部廣志です。
レジュメの77ページに記載しております。今、司会者の方に読んで頂きましたが、事案の概要は「午後9時から酒を飲み出して、翌深夜の午前2時に人身事故を起こし現場から逃走、午前6時ごろ自宅において妻の面前で缶ビール1本を飲んだうえ、午前7時35分警察に出頭した。」というものです。
昔、カッパブックスに、酒気帯び運転の検挙から逃げる方法というものが掲載されていましたね。酒気帯び運転で検問に遭遇したら、「ポケットに缶ビールを入れておき、警官の前で飲め」という方法ですね。それと同じ発想ですね。本件は悪質な事件でした。
ウィドマーク法という計算方法自体が信用できるのか否かという点を除けば、争点は、被告人は缶ビールを何本飲んだのか、という飲酒量だけであります。しかし、付随的にウィドマーク法自体の信用性や、ウィドマーク法を使用する場合の留意点等が問題となった事案です。
これは私の推測ですが、大阪府警、大阪地検がウィドマーク法を使って捜査をして立件した初めての事件ではないかと考えています。なぜなら、本件の内容を検討すると、捜査が杜撰であり、検察官の立件方法なども多くの問題点を含むものであり、捜査に関与した警察官、公判立会した検察官らは何を考えているのかと疑問を抱くような経過をたどっています。
この事件は、結局、酒気帯び運転を行った被告人は無罪になったという事案です。
このレジュメの1枚目の下のほうに、手続の流れを書いてありますが、18年8月18日に検察官は、簡易裁判所に対して略式命令の手続をとっています。
ところが簡易裁判所は、略式命令事件として取り扱うのは相当でないと決定しました。これがよかったわけですよね。そして簡易裁判所において、私は国選弁護人に就任しました。さあ、弁護活動をしようかと思ったら、裁判所は、これはややこしいということで本件をすぐ大阪地裁へ移送した、とこういう経過を辿った事案です。
簡易裁判所が略式不相当と判断した理由は、はっきりとはわかりませんが、記録を見ると、この2つが理由だろうと考えます。まず第1点、ウィドマーク法による立件というのが珍しいものであったということが1つです。2つ目は、略式命令を求める手続の際に、捜査機関から提出された捜査報告書です。司法警察員作成のウィドマーク法による計算をした捜査報告書が提出されているのですが、何と、この捜査報告書は、アルコールの体内分布係数について、日本人の平均値0.78を使っていたのです。このアルコールの体内分布係数の数値により当然、呼気中アルコール濃度が違ってきますので、平均値を使っているということはおかしいということになります。「疑わしきは被告人の有利に」という刑事裁判の鉄則に反することになる、ということは誰が考えてもわかるのですが、なぜかその警察官はそのように考えずに報告書をつくって提出していました。これを裁判官が、何だこれはということで略式不相当にしたのかもしれません。
そして、10月26日に地裁に移送されたのですが、私は記録を当然見ますよね。そうすると、ウィドマーク法という言葉が記載してあったことから、これは何だということで、検察官に11月9日付で、「このウィドマーク法というのは一体何ですか。合理性があるのですか。合理性があるのならば、その合理性を示す資料、また、その計算結果が信用性があるというのならば、信用できるという証拠資料を提出されたい。提出されない場合には検察官提出証拠を不同意にする」と連絡しました。その後、検察官から全く連絡がありませんでした。私は裁判所に対し、公判期日の指定はまだなのかと何回も電話しました。ですが裁判所は、少し待って欲しいと返答するばかりでした。結局、何回も催促したにもかかわらず、11月9日から4カ月間ほったらかしにされたわけです。前記のとおり、11月9日に私が検察官に対して、「ウィドマーク法とは一体何なのか、合理性と信用性を説明しろ」と連絡しました。ところが、担当検察官は全くそれを知らなかったんでしょうね。私に言われてから、慌てて文献を調べ出したのではないかと推測しています。文献を調べていくと、司法警察員がつくった前記捜査報告書ですよね。これは平均値の数値を使っているから証拠としては使えないというように、検察官は考えたのではないかと思います。
私と裁判所からの催促で、ようやく第1回公判が開かれました。
その段階で、公判立会検察官は、私に証拠開示した司法警察員作成のアルコール体内分布係数を平均値で使った捜査報告書を証拠に提出せずに、尚且つ、補充捜査も何もしていないにもかかわらず、「被告人の飲酒量は2500ccであった」という内容の報告書を作成し、これについて同意を求めるというのです。当然私は、不同意でした。それでも立会検察官は、何度も作成をした報告書を提出して同意を求めてくる、不同意する、といったやりとりを行い続け、全て不同意にしました。
最終的には、私の方から証拠開示で入手した、被告人に有利な飲酒量の記載がある、前記司法警察員作成の報告書を証拠として提出したのですが、検察官は私が証拠として提出しようとした前記司法警察員作成の捜査報告書について不同意にしてきました。そのため、私は前記捜査報告書について、証拠物として証拠申請をしたところ、裁判官は証拠物として採用してくれたという経過を辿りました。
結局、裁判所の認定は、被告人の飲酒量については1500ccないし1750cc
と認定をし、エタノールとアルコールの比重を0.7947とし、アルコールの体内分布係数及びアルコールの減少率等については、すべて被告人に一番有利な数値を使って計算するべきであり、本件の場合、認定できる飲酒量の一番大きな数値、1750ccのビールを飲んでいたとしても、0.042だと。0.15以下になる、こういうことで無罪にしたというわけです。
私の推測が正しければ、この事件を教訓として大阪府警、大阪地検は、ウィドマーク法の勉強をしたと思っています。なぜなら、本件においては警察は飲酒量を裏づけ捜査していませんでした。当然、警察としては被告人が飲酒した店舗へ行って、領収書を領置ないし差押えするなどして、被告人がどの程度の量のお酒を飲んだのかということの裏づけ調査をするべきであるにもかかわらず、本件では一切、そのようなことはしていませんでした。現在、別件では警察は領収書等を押さえ、アルコールの銘柄を写真まで撮って特定しています。本件で失敗した学習効果かなと思っています。ビールでも含有アルコール量は必ずしも5%ではありません。メーカーによって微妙に違います。現在、担当している刑事事件においては、警察はビールの銘柄やアルコール含有量が何%であるのかという表示の部分まで写真を撮り、証拠提出しています。
それから、笹山先生のご説明のところに適切な説明がありました。ウィドマーク法による計算の場合は、本人の体重が影響します。被告人の体重が何キロであったのかということが影響するのですが今回の事件のときは、警察は被告人の体重測定をしていなかったのです。被告人から、被告人の体重を聞き取り、その聞き取った数値を使って、ウィドマーク計算していたのですが、裁判所はそのような方法には問題がある、正確に体重を測定すべきであると判決で言っています。
裁判所がウィドマーク法の信用性について判示したものがあります。その部分はわずか5行なので裁判所の判決文を抜粋記載します。
「ウィドマーク法によって、犯行時の正確なアルコール濃度を把握することは、到底困難と言わざるを得ない。このような計算方法は信用し難い」と裁判所は判示しました。しかし、最後にこのように判示しています。「被告人の飲酒量、体重、飲酒開始時間等が正確に把握できる場合には、その他の要素、例えば、飲酒の時間を被告人に有利にする、アルコール体内分布係数やアルコール減少率を被告人に有利に使うなどといった、被告人に最大に有利な形で条件設定し、計算して、それでもなお0.15を越える場合には、その計算結果の信憑性は、少なくとも被告人が道交法、施行例の濃度以上であったということが言える。その限りにおいては信用性がある、証明がなされたものであると言える。ウィドマーク法による計算数値は信用できないが、すべての条件を被告人に有利に想定し計算して、なおかつ0.15以上の場合においては、被告人の体内保有アルコール量は0.15以上だったと認定してもよい。しかし、本件の場合には0.15以上とはならない。」と判示して、裁判所は無罪判決をしたのです。
その他、話に出ていない点で大切なことですが、アルコール(エタノール)の比重です。検察官は、0.8を使いました。なぜ0.8を使うかというと、先ほど笹山先生からご説明があったとおり、解説書に0.8と書いてあるのです。文献の0.8というのは例示です。エタノールの比重を0.8としたら、こういうように計算をするのだという例示です。罪刑法定主義を意識しない検察官は、文献に書いてあるから0.8でいいと勝手に使うのです。私が担当した本件の場合も検察官は0.8を使いました。私が検察官に対し「なぜ、0.8という数値を使うのか」と尋ねたところ、「0.8でも合理性がある」と返答されました。全く理由の説明はなく、「0.8でも合理性がある」と答えただけです。
ただ、先ほど笹山先生から説明のありましたアルコールの比重数値、0.7947という数値は、どこから出てきたかといいますと、エタノール(アルコール)の比重に関して、摂氏15度のエタノールと摂氏15度の水、これを比較した場合の比重が0.7947であると文献に記載されているのです。ところが、一般家庭の冷蔵庫というのは、大体摂氏4度から摂氏9度の温度で、冷凍庫はマイナス何度です。普段、私たちがビールを飲んでおいしいなと思うのは、摂氏6度から摂氏9度だと言われています。そうであれば、摂氏6度から摂氏9度のビールをおいしいなと思って飲んだとした場合、それにより体内にどれだけのアルコールとエタノールを摂取したのかは、その温度に対応する比重と飲んだビールの量を掛け算し、それから、そのビールのアルコール濃度を掛け算する。こういうふうにして出てくるわけです。ですがそこまでややこしいことを言い出しますと、体内アルコール摂取量は計算できなくなってしまいます。
ただ例外があり、缶ビール1本を飲み、キリンのビールを2本飲みました。あとは一切飲んでいません、といった場合は簡単です。計算しなくてもいいわけですよね。その缶ビールの濃度を計算してみると、その人は全部飲んだのだから、端数はありません。温度が何度であろうと、その人が体内に摂取したエタノールのグラム数は出すことができます。
多くの場合、缶ビール5本といくらかとか、ビールも1本と少しというように飲む場合が多いと思います。このように飲酒量に端数の量がある場合に、こういったややこしい計算をしなければならなくなってくるのです。
この事件が起きた直後、本件についてマスコミに報道されました。名古屋、東京及び長野の弁護士から情報を求める連絡が入り、判決の内容を教えて欲しいとの要請を受けました。
しかし、最近は、警察はこのウィドマーク法をあまり使っていないのかな、というような感じを持っています。
現在、別件でアルコール濃度を争ってる事件に関しては、警察はウィドマーク法を使用せずに、先ほど笹山先生がご説明された、上野式というものを証拠に使用しています。上野式というのはウィドマーク法と違い、保有アルコール量がいくらか、というものではなく、保有アルコール量の最大と最小の数値を出して、およその保有アルコール量の幅を計算する計算方法です。それを資料として出してきているということです。現在もこのウィドマーク法が警察で使われているのかどうかは定かではありません。
以上です。
○司会 どうも、ありがとうございました。
服部先生、資料7−2は、これは、こういうソフトウェアがあるということでしょうか。
○服部廣志 先ほど申し上げましたように、4カ月間、私はほったらかしにされたんで、暇つぶしということで、ビジュアル・ベーシックでウィドマーク法の計算方法をつくりました。一々、被告人が何cc飲んだら0.15になるのかということを電卓でやっていたら、もうやる気がなくなってしまうので、ビジュアル・ベーシックでつくったものがこの資料の7のプログラムです。私のホームページから無償でダウンロードできますので、皆さん、自由にダウンロードしてください。服部廣志のホームページを検索し、その中を探せばダウンロードできますので。
○司会 どうも、ありがとうございました。
非常に興味深いご報告だったと思いますが、ただいまの3人の講師の方のご報告について、質問がある方いらっしゃいましたら、挙手をしていただけますでしょうか。
○下村忠利 下村ですけど。
結局、ウィドマーク法、どの程度使われているのかね、ちょっとそれ調べないといけないね。それ結局、部会長、わからないんだね、今。ウィドマーク法をどのぐらい使って地検がやってるか。わからない。最近。それは情報、ちょっと調べないといけない、どう。
○服部廣志 私に入った情報では、名古屋で1つ事件があるはずです。その先生に判決文を送りました。それから、長野県でも、一度新聞報道されました。あとは、東京。その程度しか、私は知りません。
○下村忠利 この服部先生の報告は、資料7で77ページ以下だけれども、その1枚後ろめくって、前にめくってもらって、75ページのところを見たら、城祐一郎検事の略歴が載っているけれども、実は城検事って、僕、何遍も一緒に酒飲んだ仲間というか、飲み友達であった時期があるんですけども。平成18年の1月から平成19年の6月までの間、大阪地検の交通部長に就任して、彼は逃げ得を許さないという彼なりの正義漢でもって、ウィドマーク法を利用してどんどん起訴するという地検の交通部長として、そういう方針を出したんだよね。それで、どんどん無罪が出て、結局、彼は、その職をほかへ移ったんだけども、ちょうどこの城検事が交通部長をしていたときの事件ですね、服部さん……。それを今、改めてみたら間違いないですね。それは意識されていました。この逃げ得を許さないという、彼は、ウィドマーク法を活用して酒気帯びを徹底的に起訴していくんだという、かなり強行方針を出して、これは地検内部で大分批判が出たというふうに聞いてるんだけど。
○服部廣志 当時、今、言われたように「逃げ得を許さない」というスローガンが、新聞記事に載りました。だけど、その後は聞かないです。
それから1点だけ、皆さん方、誤解されたらいけないので申し上げますが、このウィドマーク法というのは、ウィドマークという人が考案したんですが、被験者は20人もいなかったということらしいです。自分の大学の学生を、20人以下の十何人を被検査者として調査して、数式を公表したというのです。その関係からか、「このウィドマーク法はいい加減過ぎる」ということが、米国カリフォルニア州において英文で報告書が出てます。その英文と英文を和訳したものを、私のホームページに掲載しています。
いい加減であっても、ウィドマーク法なんていう方法があるということで公表されると、それが一人歩きして、あたかも正しいかのように流布されてしまいます。20人以下の学生を調べただけで、そのようなことが言えるのかというそういう事件でした。
○司会 ほかにご質問ないでしょうか。
○…… とすると、ウィドマーク法については、カリフォルニアのほうでは、自然的関連性はそもそもないという、そういう判断がなされたということですか。
○服部廣志 いろんな問題点がありますよと。わずか十何人の大学生をモルモットにして調べた結果で、そのようなことを言えるのですかというようなことをいろいろ書いてあります。私もあまり正確に理解し切ってないので、よろしければ、私のホームページのウィドマーク法のところを見てもらったらと思います。英文と日本語があり、和訳は英語の通訳の人に和訳してもらったものです。一度、読んでみてください。
○…… ありがとうございます。
○司会 ほかに質問ないでしょうか。
それでは、3人の先生方、どうもありがとうございました。