インターネット社会における名誉毀損等の不法行為とその救済
 
               大阪弁護士会所属
                  弁護士 五 右 衛 門       (インターネット社会における名誉毀損の調整要件としての不特定多数の意義など)
                                                       http://www.zunou.gr.jp/hattori/meiyokison.htm
 
 
 
一 問題の所在
 
1 ネット空間における名誉毀損などの不法行為に対する救済の問題点は、当該名誉毀損を行った者の特定、追求の困難性にある。
 誰が当該名誉毀損の投稿ないし掲載などをしたのかを特定することが極めて困難であるという点にある。
 インターネット世界における書き込み、投稿などについては、とりあえず匿名が可能である。また、各種のブログなどにおいても、ブログ使用ないし申し込み段階においても匿名が可能であることから、当該ブログの管理者の特定も困難である。
 
2 このようにインターネット世界における匿名を暴露できるのは、ネット接続者であるフロバイダーが管理するIPアドレス以外には存在しないように思える。
 
3 プロバイダー責任制限法が制定されているが、これはプロバイダーの責任を制限ないし限定するためものであって、決して、匿名により名誉を毀損されるなどした者の加害者を特定するために道具とはなり得ない。
 多くのプロバイダーらは、原則的に、名誉毀損などの投稿ないし掲載自体を削除することはあっても、当該加害行為をした者の氏名、住所などの開示請求には応じない場合が殆どであるからである。
 
二 問題点
 
1 問題点は、憲法、電気通信事業法が保障する通信の秘密にある。
2 匿名による加害行為があったとしても、その加害行為者の氏名、住所を開示することは通信の秘密を侵害する危険性ないし可能性があるからである。
3 秘匿された通信により名誉毀損などの不法行為が行われた場合、「理論的には、当該匿名通信による不法行為者の通信の秘密は保護に値しない」と考えることが可能であったとしても、現実的な救済の方法が見つからないからである。
4 誰が「匿名通信による不法行為があったとして、その通信の秘密は保護に値しない、と判断する」のか。「どのような方法で判断する」のか。
 これに関して、現在の法制度や法解釈のなかに答えがないと言う実情が問題点なのである。
 
三 解決の糸口
 
1 「私人間における通信の秘密と一方当事者の同意・承諾」という論考のなかで、「私人間においては、秘匿された通信については、これの受信を拒否する自由があり、右の自由の反射的権利として、通信の一方当事者は、秘匿された通信を追求・暴露する権利が認められるべきである」と結論づけた。
http://www.ilc.gr.jp/journal/000712/
 
2 前同様同種の論理で、「私人間においては、秘匿された名誉毀損など違法性を有する通信については、被害者側には、これを阻止する権利があり、その権利の一態様として、被害者側には、秘匿された違法性を有する通信の発信者を追求し、その氏名・住所を追求する権利」が認められるべきである。
 
四 現実の救済方法
 
1 匿名通信によりその名誉を毀損されるなどした被害者は、加害者に対して損害賠償請求権ないし差し止め請求権が認められることには異論がないと思われる。
 
2 問題は、その権利行使の方法である。
 
イ 「加害行為の日時と内容」を特定し、「当該加害行為者という特定」による訴訟提起を認めるべきである。
 
ロ もとより、当該加害者の住所、氏名が特定できなければ、訴状の送達も不可能であり、訴訟係属も不能である。
 
ハ しかし、裁判所は原告が提出した訴状記載の請求原因事実及び提出された証拠から、「名誉毀損などの違法性の存在」が一応認められる場合には、原告の調査嘱託の申立に応じて、プロバイダーに対し、「当該不法行為者のIPアドレス、付与日時ないし住所、氏名の調査嘱託」をすべきであり、このように裁判所からの調査嘱託に応じて、プロバイダーがIPアドレス、付与日時ないし住所、氏名を開示することは憲法で保障された通信の秘密を侵害するものではなく、電気通信事業法所定の通信の秘密の侵害にはならないという解釈を確立すべきである。
 
ニ そして、このようなインターネット特有の匿名により、加害者の住所、氏名が特定されていない場合には、原告の申立による調査嘱託の回答による加害者、被告の特定の可能性の検討がなされるまでは、「訴状の記載」について「被告が特定されていない」との理由で「訴状を却下すべきではない」という解釈を確立すべきである。 
 
3 特別な法整備がなされない限り、上記のような法解釈と民事訴訟法の運用を採用しなければ、問題は解決しない。
 そして、上記のような法解釈と民事訴訟法の運用のみが、匿名通信の保護と名誉毀損等の違法行為の阻止との調和、調整の唯一の方法であると思われる。