請求権競合における一次的請求、二次的請求
9/16加筆訂正
平成18年9月14日
大阪弁護士会所属
弁護士 五 右 衛 門
一 判決例
1 事実摘示
イ 主位的請求
被告は,原告に対し,2億1342万7829円及びこれに対する平成14年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ロ 予備的請求
被告は,原告に対し,2億1342万7829円及びこれに対する平成16年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 事案の概要
イ 本件は,原告が,平成14年1月19日(以下,特に断らない限り同年のことを指す。),被告の設置・運営する某市民病院(以下「被告病院」という。)に入院し,髄膜炎との診断のもと治療を受け,2月2日に症状が軽快したとして被告病院を退院したが,2月9日にくも膜下出血を起こした結果,左上下肢運動障害の後遺症を負ったことについて,被告病院の医師には,1月19日の時点で原告に発生していたくも膜下出血を見落とした過失があるなどとして,被告に対し,主位的に不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償,予備的に診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償(主位的請求については不法行為後の日である平成14年2月9日から,予備的請求については訴状送達の日の翌日である平成16年6月30日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)をそれぞれ請求した事案である。
3 判決主文及び関連理由部分
イ 判決主文
(1) 被告は,原告に対し,1億5908万1315円及びこれに対する平成14年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告のその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
ロ 関連理由説示部分
(1)なお,原告は,予備的に債務不履行による損害賠償をも請求しているが,それによる損害賠償額については,上記で認定した不法行為による損害賠償額を超えることはないものと認められるから,上記不法行為による認容額を超える部分の請求については,これを棄却することとする。
(2)結語
以上によれば,原告の被告に対する請求は,主位的請求のうち1億5908万1315円及びこれに対する平成14年2月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
二 本件判決をどう理解するのか
1 請求権の関係
法律的には、請求権競合の事例であり、請求権の択一的併合(請求が相互に両立しない場合)の事件ではなく、当事者の主張の整理である「主位的請求、予備的請求」という「請求権の択一的併合を示す」表現は誤解を招くおそれがある。
2 競合態様
イ 競合する請求権の付帯請求の始期が異なることから、請求権の法律的構成は競合関係にあるとしても、任意の請求権を認定すれば原告の請求を肯定したことにはならない。
ロ このような場合、どのように理解するのか。
原告の請求の意図は、第一次的に大請求である不法行為に基づく損害賠償請求の認容を求め、仮にそれが認められない場合には二次的に債務不履行による損害賠償請求権の認容を求めている。
その趣旨は、付帯請求の始期の認定にある。
従って、任意の請求権の認容を得れば原告の請求を肯定したということにはならず、従来、言われている選択的併合請求の場合とは若干事情を異にすることとなる。
ハ このような場合の原告の請求態様を表示するものとして、「主位的請求、予備的請求という請求権の択一的併合を示す」表現を用いることは誤解を招くおそれがあることから、「一次的請求、二次的請求」という表現が相当である。
この表現を用いた場合、請求権自体は競合関係にあるものの、付帯請求の関係等から、原告の求める請求に順序があるということとなる。
3 一次的請求、二次的請求に対する判決の態様など
イ 裁判所としては原告の請求態様に応じ、まず第一次的請求の当否を検討し
ロ 仮に、それが認容できない場合に、二次的請求の当否を検討することとなる。
ハ 仮に一次的請求を認容する場合には、その旨の主文を示すのみで足り、二次的請求についての判断を示す必要はない。一次的請求が認容された場合にまで、原告は二次的請求についての判断を求めていないからである。
ニ 逆に、一次的請求を全部否定した場合については、二次的請求についての判断を示す必要がある。
ハ 仮に、一次的請求の一部を認容した場合においては、その余(競合しない部分)の請求部分に関する二次的請求の当否を検討する必要がある。
従って、このような場合には、二次的請求についての判断を主文で示す必要がある。
4 本件判決の場合
イ 本件判決は、一次的請求の一部のみをを認容した事例である。
ロ 従って、判決主文としては、
(1)一次的請求の一部認容と一次的請求のその余の部分の棄却
(2)そして、二次的請求の、認容した一次的請求と競合しない部分の棄却を示す必要がある。
ハ 判決主文検討
(1) 被告は,原告に対し,1億5908万1315円及びこれに対する平成14年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告のその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
本件判決の主文を検討すると、「(2) 原告の・・・予備的請求を・・棄却する」との主文の妥当性が問題となる。
強いて言えば、「予備的請求のうち、認容した主位的請求と競合しない部分を、棄却する」という表現になるかもしれないものの、そのような表現が必要か否かは別問題であろう。
(予備的請求のうち、認容した主位的請求と競合しない部分を判断するには、予備的請求の全部を判断する必要があることから、結局、認容した主位的請求と競合しない部分を含めて、予備的請求の全部を棄却することとなるから、「単純に、予備的請求を棄却する」という主文になったと理解できないわけでもない。)
5 結論
いずれにしても、請求権競合の場合における、原告の請求の順序を示すものとして、「一次的請求、二次的請求」という表現を実務上、定着させる必要がある。
そうでないと、本件判決のような場合、判決を誤解する恐れがある(裁判所が請求相互の関係をどのように理解しているかは、その判示する表現のみではなく、判決主文の態様を検討しなければならない)。
本稿で取り上げた上記判決例は、「主位的、予備的請求」という表現を使用しているが、その判決態様からみれば、原告の請求については、「いわゆる択一的併合請求を示すものとしての主位的、予備的請求」と構成しているのではなく、「選択的併合請求であって、原告は認定を求める請求に順番をつけているもの」と正当に理解、構成しているものである。