スクーバダイビング受講契約
に関連する法的諸問題
−検討中試論−反芻継続中−
大阪弁護士会
弁護士 五 右 衛 門
(BSAC認定スポーツダイバー)
目次
一 まえがき
二 危険を伴う受講契約の信義則、事情変更等による契約解除について
三 受講勧誘と説明義務
まえがき
そこには、静寂があるのみ。
わたしの呼吸する音だけが、
わたしの耳を騒がしている。
上も、下もない。
右も、左もない。
ここは無重力??
無重力の小宇宙とは、こんなもの??
わたしは 「お化け魚」===???
魚たちが、私に怯えず、近寄ってくる。
あれは
いつもビールのつまみにしている、 ″かわはぎ″。
小さなエラを懸命に動かしている。
可愛いい・・・泳ぎ方だ。
あれは
魚の王者 真鯛か
さすが、堂々とし、悠然と、静かに、じっと、浮かんでいる。
満月の夜の小宇宙は
真っ黒いガンガゼ(ウニの一種)だらけ。
海底に落ちると、あのガンガゼの鋭い針で、針のむしろだ。
目の前の小宇宙を片手で、かき分けてみる。
何かが、キラキラとキラめいている。
小宇宙には、夜光虫が一杯!!
昔、人生五〇年と言った。
人生五〇近くになって、初めて知った。
私の知らない、
「もうひとつの地球が」
あることを!!
スクーバーダイビングによる海中の世界、それは宇宙飛行士が水中で宇宙遊泳の訓練をしているとおり、周囲から均等の水圧、圧力を受ける世界であることから宇宙の無重力の状態と類似の別世界であり、初めてダイビングをした人の多くは初めて見る海中の世界のとりことなるだろう。
しかし、毎年、夏になると、ダイビング中の死亡事故が二、三報道されている。
ダイビングで見る海中の世界は感動を呼ぶ、無重力類似の別世界ではあるものの、通常、陸上で1気圧の空気を呼吸して生きている人間にとって、高濃度の圧縮空気の入ったボンベを背負い、その圧縮空気を吸入するスクーバーダイビングは、陸上とは著しく異なった環境である。人間の肺、そして全細胞には高濃度の圧縮空気から取り入れられた、数気圧の、高濃度の酸素や窒素が流入するからである。
そこは死ととなりあわせの世界でもある。
このスクーバーダイビングのテクニークを教えるダイビング受講契約及び実際の受講内容や方法には各種の問題点がある。
これらの諸問題について、陸上生活上の知識のみで法的な結論をだすと実態にそぐわない不当な結論を導きかねない畏れもある。海中という特殊な世界についての受講契約という特質と特性を踏まえ、かつダイビング技術を習得しようとする受講生の観点をも取り入れた、法的な観点からの検討と研究が必要である。
また、その受講契約の勧誘の仕方、受講契約の締結の方法等についても、消費者契約法上の種々の問題点を含んでいる。
一時、海中のとりことなり、英国に本部があるBRITISH SUB-AQUA CLUB(BSAC)からレジャー用のスポーツダイバーの認定を受けた著者が、見聞きしたダイビング受講契約及び実際の受講内容・方法についての各種の問題点を検討する。
ダイビング事故に関連する書籍としては、中田誠氏著による「ダイビングの事故・法的責任と問題」という書籍がある。自らダイビングにより重傷を負われた著者による、諸外国の資料をも調査された、ダイビングの事故関連の詳細かつ貴重な力作である。
本書は、法律家である著者の目から、法的問題点に的を絞っての検討を執筆することとした。
二 危険を伴う受講契約の
信義則、事情変更等による契約解除について
−−−スクーバダイビング受講契約−−−
スクーバダイビングショップの乱立などにより、不当ないし問題ある受講生の勧誘行為が行われている。
また、ダイビングショップに対する信頼を喪失する事由が発覚しても、その段階においては殆どの受講生は、高額な受講料ないし機材購入費用の前払いをしているか、それらについての信販契約を締結済みの状態である。
受講契約を解約ないし解除したいとの合理的な希望を持ったとしても、その契約解除の可否と解除するための要件と事後の法律関係が明確でないと問題は解決しない。
本稿は、このような問題についての試論である。
本稿のような試論が、裁判実務のなかに定着することを期待している。
一 スクーバダイビンクの特性
1 スクーバダイビンクの特性は、イ 空気を直接吸入できない水中の世界であること ロ 水中は、通常の陸上における大気・1気圧プラス潜水深度に応じた水圧等数気圧の圧力を受ける世界であること ハ 潜水深度により潜水者が受ける圧力は変化すること 二 その水圧等環境の変化に潜水者の肺や細胞が対応しなければ肺や細胞は潰れてしまうこと ホ これら水圧等の変化に対応するため潜水者は高濃度の圧縮空気を呼吸しながら潜水し、外部から受ける圧力と同程度の圧力を自らの肺や細胞に送り込み、肺や細胞が潰れるのを防止する必要があることにある。
2 私達は陸上においては大気圧1気圧の圧力を受けて日常生活を送っている。
しかしながら、ダイビングなど潜水をした場合、通常10メートルで1気圧相当の水圧を受けるとされ、趣味ないし遊びで潜水する深度の下限とされている30メートルの深度に潜水した場合、1プラス3=4ということで、4気圧の圧力を受けることとなる。
4気圧の圧力を受け、なお人間が陸上と同様に動作するためには、その肺に入っている空気の気圧を4気圧にしなければならない。1気圧のままであれば、肺は潰れてしまう。肺のみならず、潜水中の人間のすべての細胞が潰れてしまう。細胞の全てを4気圧の圧力にする必要がある。
言葉を換えれば、30メートルの深度に潜水した潜水中の人間は、陸上と比較してすべてが4倍という「異常な状態」でなければ死んでしまう。異常な状態、異常な周囲の環境に適合させることにより、生命を維持できる。
3 このような異常な水圧、環境において、「異常な正常」を保つために、高気圧で圧縮された高濃度の空気を吸入する必要があり、このような高圧空気を充填したボンベ(金属製容器・タンク)を背中に担いで、潜水する。
このボンベとボンベから高圧空気を吸入するための装置である通称レギュレターはすぐれものである。3気圧の水中で呼吸すると3気圧の空気をくれ、2気圧の水中で呼吸すると2気圧の空気が吸入できる。
4 この高圧圧縮空気を入れたボンベと呼吸装置であるレギュレター、そしてこの圧縮空気を利用して(圧縮空気の注入、排出により)浮力調整する浮力調整装置というべき通称BCというチョッキ状の着衣が水中における人間の行動を可能にしている。
二 スクーバダイビンクの危険性
1 このようなスクーバダイビンクの特性から、ダイビングにおいては、次のようなリスク、危険がある。
イ 潜水水深が深くなると、血液中の窒素の分圧が高くなり、その血液中への溶解量も多くなり、その影響で、麻酔作用が生ずることがある。通称、窒素酔いと称される現象である。水中でこのような状態に陥った場合、適切な対処をしないと死に至る危険性がある。
私の友人は、海底30メートルで、「何故かしら、郵便ボストを探して、ウロウロしていた」ようでした。
ロ 潜水深度が深い場所からの浮上速度が速いと、過剰に血液中に入っている窒素の排出ができず、過飽和した窒素が体内で気泡化して障害を起こすことがある。減圧症といわれるものである。関節等に持続的な障害を残す危険性がある。
私は、海底30メートルで、嘔吐を感じて急浮上した経験があります。
私がレギュレターに装着していたコンピューターが、危険を知らせる危険信号音を鳴らし続けていましたが、それを無視して急浮上を試み、それがため、インストラクターを補助する女性のダイブリーダーが必死になって、私の浮上を阻止しようとしてくれたことがありました。人間異常事態の場合、想像できない行動をしょうとしてしまいます。おかげさまで、私は、今、一応五体満足な形で生活できています。
ハ 息をこらえて急浮上すると膨張した空気が逃げ場を失い、肺胞を破裂させ、血管内に気泡化した空気が入り込み、それが動脈で詰まった状態になることがある。空気塞栓症である。死亡その他の重大事故の原因ともなり得る。
浮上するときには、「空気を吐きながら浮上しなさい」と教えて貰いました が、慣れるまではできないことがあります。
ニ 潜降速度が速すぎると、耳抜きが間に合わず、鼓膜の損傷や平行感覚に障害が生ずることがある。圧外傷である。
通常、潜水する際には「鼻をつまんで、鼻をかむ」という作業を反復しながら、潜水していきます。この作業を通称「耳ぬき」といいますが、高圧空気ボンベ−レギュレター−口腔内から内耳内の空気の圧力をあげ、外耳にかかる水圧との均衡を保ちながら潜水していくのです。慣れれば、簡単です。
この耳抜きをせずに潜水することは、なかなかできません。
水深3メートルでも急潜水すると耳が痛くて潜水できません。浮上するのみ
ホ ダイビングは、以上のような各種の危険、リスクを内包しており、このよう な圧力変化に伴う各種の事象が死亡事故や高度障害などの重大な事故を招くおそれを持っているものである。
ヘ そして、ダイビンク講習で受講して修得しょうとする各種のダイビング技術は、チョッキ型のBCといわれる浮力制御装置の操作技術や高圧ボンベから高圧空気を呼吸するレギュレターの操作等空気の吸入、排出と自己の行動を制御するための基本的な装置の操作技術を修得したうえ、前記のイからニに記載したようなダイビングに内包されるリスク回避の動作ないし行動をする必要がある。
ト ダイビングの初心者らは、前記イないしニに記載したリスクの回避以前に、BCやレギュレターの操作さえ満足にできないのが通常であり、従って、これらのダイビングの各種危険についての十分な知識とレスキュー等の技術を会得しているインストラクターらの指導、保護の下にダイビングを行うとともに、その各種技術をマスターするための講習を受けるのである。
チ BSACの認定資格でいえば、ノービスTダイバー、ノービスUダイバーそしてスポーツダイバー取得直後程度までであれば、ダイビング毎に、一度ないし数度はインストラクターの危険排除のための指導ないし救助を受けるのが一般であり、その指導ないし救助行為の内容は千差万別であるものの、インストラクターのこれらの補助とも言えるような救助ないし指導行為が、死亡事故というような重大な事故の発生を防止する役割を果たしているものである。
リ 従って、ダイビング初心者がインストラクターらの指導の下にダイビングを行うということは、「その生命の安全確保を、インストラクターに託すものである」ことは明らかである。
2 1記載のとおり、スクーバダイビングの講習は、「インストラクターに自分の命を預ける」と言い得るものであり、受講生とインストラクターとの間の信頼関係が必須不可欠であり、何よりも受講生がインストラクターに対し、「その生命の安全を託してもよい」との信頼を保有していないとダイビングの受講は不可能である。
スクーバダイビングの講習の場合、インストラクターの些細なミスにより受講生の命は奪われる結果となり得るのであり、信頼できないインストラクターの指導を受けるなどということは「人に不能を強いるもの」である。
これはスクーバダイビングという生死にかかわるスポーツのインストラクターと受講生の関係という特殊な関係により、「信頼できる者のみの受講を受け、信頼できない者の受講は拒否できる」、即ち「信頼関係の存在が契約存続の前提条件として認められる」べき分野であり、信頼関係が破壊されている場合には、「信頼関係の破壊」を理由として契約の解除が認められるべきである。
このような法理は、信頼関係の存在を契約存続の前提条件として肯定されている継続的契約関係と同様に解することができる。また信頼関係の存在を契約の前提として肯定する民法の委任の規定である民法651条1項は「いつでも契約の解除ができる」旨定めており、同条2項において、損害負担ないし分担の調整規定を定めているのである。
スクーバダイビング受講契約は、受講生の生命にかかわるものであることから、これら継続的契約や委任の契約関係以上に、「信頼関係の存在が契約存続の前提」として肯定されるべきであり、「信頼関係破壊による契約の解除権」は当然認められるべきである。また、この点は、ダイビングの講習契約は準委任契約の要素をあわせ保有していることからも肯定できる。
なお、上記のような「信頼関係破壊による契約の解除権」の行使については民法652条等所定の解除効果の非遡及ないしは遡及は一律に決定されるものではなく、後記「契約解除後の損害の負担ないし分担」と同様、解除権行使の理由と解除権行使の時期等を総合勘案して決せられるべきものであり、そのように解することが「信義則ないし事情変更等を理由とする解除権」の趣旨に適合するものと考えられる。
3 契約解除後の損害の負担ないし分担については、民法651条2項の適用ないし準用を肯定すべきである。
そして、その適用については、前記のようなダイビングが内包する各種の危険ないしリスクを前提に、消費者契約法が定める各種の説明義務をダイビングショップ側が遵守したか否か、その遵守の程度、内容、そして受講契約を締結した受講生が受講契約を解除したいと考えた理由は何か、ダイビングショップないし当該ダイビングショップ所属のインストラクターに対する信頼を喪失した理由が何か等を総合して、民法651条2項但書の適用ないし準用の肯否を判断するべきである。
三 受講勧誘の実情等と説明義務
1 受講契約はCカードと呼ばれるダイビング技術の認定の程度(ライセンスと呼ばれている)を単位としてなされるのが通常である。
英国系のBSACの場合
ノービスT
ノービスU
スポーツダイバー
・・・
というようにランクづけられており、
米国系のPADIの場合、オープンウォーター、アドバンス等とランクつけられているが、名称が異なるだけで、その受講により習得すべき技術に大差はない。
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参考
最高裁第一小法廷平成4年12月17日決定
なお、所論にかんがみ、被告人の過失行為と被害者の死亡という結果との間の因果関係につき、職権により判断する。
一 本件の事実関係は、原判決及びその是認する第一審判決の認定によると、次のとおりである。
1 被告人は、スキューバダイビングの資格認定団体から認定を受けた潜水指導者として、潜水講習の受講生に対する潜水技術の指導業務に従事していた者であるが、昭和六三年五月四日午後九時ころ、和歌山県串本町の海岸近くの海中において、指導補助者三名を指揮しながら、本件被害者を含む六名の受講生に対して圧縮空気ボンベなどのアクアラング機材を使用して行う夜間潜水の講習指導を実施した。当時海中は夜間であることやそれまでの降雨のため視界が悪く、海上では風速四メートル前後の風が吹き続けていた。被告人は、受講生二名ごとに指導補助者一名を配して各担当の受講生を監視するように指示した上、一団となって潜水を開始し、一〇〇メートル余り前進した地点で魚を捕えて受講生らに見せた後、再び移動を開始したが、その際、受講生らがそのまま自分についてくるものと考え、指導補助者らにも特別の指示を与えることなく、後方を確認しないまま前進し、後ろを振り返ったところ、指導補助者二名しか追従していないことに気付き、移動開始地点に戻った。この間、他の指導補助者一名と受講生六名は、逃げた魚に気をとられていたため被告人の移動に気付かずにその場に取り残され、海中のうねりのような流れにより沖の方に流された上、右指導補助者が被告人を探し求めて沖に向かって水中移動を行い、受講生らもこれに追随したことから、移動開始地点に引き返した被告人は、受講生らの姿を発見できず、これを見失うに至った。右指導補助者は、受講生らと共に沖へ数十メートル水中移動を行い、被害者の圧縮空気ボンベ内の空気残圧量が少なくなっていることを確認して、いったん海上に浮上したものの、風波のため水面移動が困難であるとして、受講生らに再び水中移動を指示し、これに従った被害者は、水中移動中に空気を使い果たして恐慌状態に陥り、自ら適切な措置を採ることができないままに、でき死するに至った。
2 右受講生六名は、いずれも前記資格認定団体における四回程度の潜水訓練と講義を受けることによって取得できる資格を有していて、潜水中圧縮空気ボンベ内の空気残圧量を頻繁に確認し、空気残圧量が少なくなったときは海上に浮上すべきこと等の注意事項は一応教えられてはいたが、まだ初心者の域にあって、潜水の知識、技術を常に生かせるとは限らず、ことに夜間潜水は、視界が悪く、不安感や恐怖感が助長されるため、圧縮空気ボンベ内の空気を通常より多量に消費し、指導者からの適切な指示、誘導がなければ、漫然と空気を消費してしまい、空気残圧がなくなった際に、単独では適切な措置を講ぜられないおそれがあった。特に被害者は、受講生らの中でも、潜水経験に乏しく技術が未熟であって、夜間潜水も初めてである上、潜水中の空気消費量が他の受講生より多く、このことは、被告人もそれまでの講習指導を通じて認識していた。また、指導補助者らも、いずれもスキューバダイビングにおける上級者の資格を有するものの、更に上位の資格を取得するために本件講習に参加していたもので、指導補助者としての経験は極めて浅く、潜水指導の技能を十分習得しておらず、夜間潜水の経験も二、三回しかない上、被告人からは、受講生と共に、海中ではぐれた場合には海上に浮上して待機するようにとの一般的注意を受けていた以外には、各担当の受講生二名を監視することを指示されていたのみで、それ以上に具体的な指示は与えられていなかった。
二 右事実関係の下においては、被告人が、夜間潜水の講習指導中、受講生らの動向に注意することなく不用意に移動して受講生らのそばから離れ、同人らを見失うに至った行為は、それ自体が、指導者からの適切な指示、誘導がなければ事態に適応した措置を講ずることができないおそれがあった被害者をして、海中で空気を使い果たし、ひいては適切な措置を講ずることもできないままに、でき死させる結果を引き起こしかねない危険性を持つものであり、被告人を見失った後の指導補助者及び被害者に適切を欠く行動があったことは否定できないが、それは被告人の右行為から誘発されたものであって、被告人の行為と被害者の死亡との間の因果関係を肯定するに妨げないというべきである。右因果関係を肯定し、被告人につき業務上過失致死罪の成立を認めた原判断は、正当として是認することができる。
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H17. 6. 8 大阪地方裁判所 平成14年(ワ)12464号 損害賠償請求事件
判示事項の要旨:
スキューバダイビングのライセンス取得ツアーの講習中,受講生が海水を誤飲して溺死したことについて,ダイビングのインストラクターに受講生の習得度に応じた講習場所を選択すべき注意義務を怠った過失が認められた事例
主 文
1 被告株式会社五洋,同Eは,連帯して,原告Aに対し4265万7865円,原告B,同C,同Dに対し各1421万9288円及びそれぞれに対する平成14年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らの被告株式会社五洋,同Eに対するその余の各請求並びに被告株式会社ファイブオーシャントラベル及び同株式会社オリオンツアーに対する各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告らと被告株式会社五洋,同Eとの間ではこれを10分し,その3を原告らの,その余を被告株式会社五洋,同Eの各負担とし,原告らと被告株式会社ファイブオーシャントラベル,同株式会社オリオンツアーとの間ではすべて原告らの負担とする。
4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,各自,原告Aに対し,6697万5230円及びこれに対する平成14年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,各自,原告Bに対し,2232万5076円及びこれに対する平成14年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,各自,原告Cに対し2232万5076円及びこれに対する平成14年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは,各自,原告Dに対し,2232万5076円及びこれに対する平成14年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告らの被相続人が被告らの主催するスキューバダイビングのライセンス取得ツアーの講習中に体に変調を来しその後死亡した事故について,原告らが,被相続人のインストラクターを担当した被告E,ダイビングスクールを実施した被告株式会社五洋(以下「被告五洋」という。),ツアーを主催した被告株式会社オリオンツアー(以下「被告オリオンツアー」という。)及び同被告から委託を受けて旅行商品を販売した被告株式会社ファイブオーシャントラベル(以下「被告ファイブオーシャン」という。)に対し,以下の請求をした事案である(附帯請求は,事故発生の後である平成14年7月31日以降の民法所定年5分の割合による遅延損害金請求である。)。
1 被告Eに対し,ダイビングの講習につき過失があったことを理由とする,不法行為に基づく損害賠償請求
2 被告五洋に対し,被告Eの不法行為についての使用者責任に基づく損害賠償請求,被告五洋のダイビングスクールを実施するについての過失を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求及びダイビングスクール受講契約上の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求
3 被告ファイブオーシャンに対する被告Eの不法行為についての使用者責任に基づく損害賠償請求(なお,原告は,同請求に係る訴えを取り下げる旨の意思表示をしたが,同被告はこれに同意しない。)
4 被告オリオンツアーに対する,ダイビングツアー主催旅行契約上の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求
第3 争いのない事実等(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
1 当事者等
亡Fは,被告らの主催するスキューバダイビングのライセンス取得ツアーに参加し,海洋でのダイビングの講習中に体に変調を来し,入院の後,平成14年8月8日死亡した。
原告Aは,亡Fの夫,原告B,同C及び同Dは,いずれも亡Fと原告Aの子である(甲1の1,2)。
被告Eは,後記本件ツアーにおけるダイビングレッスンを担当したインストラクター(ダイビングスクールにおいて講習や講習終了認定証の発行を行うことができるものとして認定された指導員)である。
被告五洋は,沖縄県国頭郡においてダイビングスクール,ダイビングショップ等を営む株式会社であり,被告Eの使用者である。
被告ファイブオーシャンは,旅行商品の代理販売を業とする旅行代理店である。
被告オリオンツアー(旧商号・株式会社豊和トラベルサービス)は,旅行業等を営む株式会社であり,「オリオンツアー」との営業上の名称により,ダイビングスクールのツアーである「ダイビングカレッジ本部4DAY’s(平成14年7月29日から8月1日までの4日間)」(以下「本件ツアー」という。)の旅行を主催していた。
被告オリオンツアーは,被告五洋の主催するダイビングスクールの受講契約につき,被告五洋から委託を受けてその締結を代理して行っていた。また,被告ファイブオーシャンは,被告オリオンツアーから本件ツアーを含む旅行商品の販売に関する契約締結の委託を受け,被告オリオンツアーの代理人として申込者との間で契約を締結していた。
2 本件ツアー及び本件事故に至る経緯
(1) 本件ツアーは,被告オリオンツアーと提携した被告五洋によるダイビングスクールの受講及び沖縄県内の海洋実習地への旅行等を内容とするものである。
海洋実習地での実習は,日程を2日間とし,プール実習と海洋実習から成るものであり,PADI(指導団体のひとつ)発行のCカード(Certification Card)の取得を目標とするものである。
Cカードとは,ダイビングの指導団体からダイバーとしての知識と技術があると認められた者に与えられる認定証であり,これがないと国内外のダイビングショップで潜水機材を借りることができないとされている。
亡Fは,平成14年5月ころ,原告C,同Dとともに,被告オリオンツアーが配布するパンフレットにより,被告ファイブオーシャンに対し,本件ツアーの参加を申し込み,同年7月12日までに本件ツアーの代金である21万3000円を支払った(甲6の1,2,3)。これにより,亡F,原告C及び同Dと被告オリオンツアーとの間で,本件ツアーに係る旅行契約が成立し,亡F,原告C及び同Dと被告五洋との間で,ダイビングスクール受講契約が成立した。
(2) 亡F,原告C,同Dは,平成14年7月24日ころ,大阪市内で学科講習を受けた後,同月29日午後,沖縄に出発した。
亡Fらは,翌30日から被告五洋によるプール実習及び海洋実習の講習を受ける予定であった(以下「本件講習」という。)。本件講習に当たっては,被告Eがインストラクターとして担当した。
(3) 亡Fらは,平成14年7月30日午前,被告Eの指導の下でプール実習を行った。
プール実習の内容は,レギュレータークリア(レギュレーターは,タンク内の空気を口に運ぶ機材であり,レギュレータークリアは,レギュレーターの中に入った海水を,レギュレーターに息を吹き込むなどして排水する技術をいう。),レギュレーターリカバリー(水中でレギュレーターを一旦口から取り外した後に再度装着する技術をいう。),マスククリア(マスク内に侵入した海水を鼻から息を出すことでマスク外に排水する技術をいう。),マスク脱着(水中でマスクを一旦顔面から取り去った後,再度顔面に装着して,マスク内に鼻から空気を注入し,マスクに入った海水を排水する技術をいう。)等であった。
原告Cは,プール実習の訓練中,気分が悪くなったため,午後からの海洋実習をキャンセルし,亡F及び原告Dの2名が海洋実習を受講することとなった。
3 本件事故の発生(甲10)
(1) 亡F,原告Dは,平成14年7月30日午後3時30分ころから,被告Eによる指導の下で海洋実習を行った。亡Fらが海洋実習を行った地点は,別紙見取図(乙2)記載のとおり,沖縄県国頭郡本部町字崎本部の沖合約120mの沿岸で水深約4.2m前後の地点であった(以下「本件ダイビング地点」という。)。
(2) 亡Fは,海洋実習中,海底でのマスク脱着の訓練の際,息苦しさを訴え,被告Eとともに海面に浮上したが,その後意識を失った。
(3) 亡Fは,沖縄県立北部病院に搬送され,同病院において入院診療を受けたが,同年8月8日午後4時05分,死亡した(以上の経緯による亡Fの死亡事故を,以下「本件事故」という。)。
第4 争点及び当事者の主張
1 プール実習における亡Fの履修状況,本件事故の発生経過及び亡Fの死因
(1) プール実習における亡Fの履修状況
ア 原告らの主張
亡Fは,水深の浅いプールでの訓練であるにもかかわらず,指示されたカリキュラムのうち,水中でのレギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリア及びマスク脱着の訓練がうまくできず,合計で少なくとも10回以上は立ち上がって水面から顔を上げて実技に失敗していたため,プール実習は本来予定されていた時間を2時間近く超過することとなったが,亡Fは,結局レギュレータークリア等につき1回しか成功していなかった。このように,亡Fは,プール実習において,海洋実習に必要な基本的潜水技術を十分に習得していなかった。
イ 被告五洋及び被告E(以下「被告五洋ら」と総称する。)の主張
亡Fがプール実習において講習に長時間を要したとの事実は認める。しかしながら,これは,被告Eが通常の講習よりレベルを落として十分すぎるほどの練習をプールで行ったからである。同被告が強引に講習を進めたことはない。亡Fは,プール実習の結果,レギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリア,マスク脱着等の基本的潜水技術を十分にこなすことができるようになっていたものであり,そうであるからこそ,被告Eは亡Fを海洋実習に臨ませたのである。
(2) 本件事故の発生経過
ア 原告らの主張
(ア) 亡Fは,海底での被告Eの指示に対して,常に不安げに呼吸を整えてから思い切った様子で訓練に取りかかる仕草をしていたものであり,海底での訓練に恐怖心を抱いていたことは明らかである。
(イ) そして,マスク脱着の訓練の際,亡Fは,マスクを取り外した直後,突然水を飲んだ様子で鼻をつまみ,苦しい表情をして,いきなり膝を浮かせて海底から立ち上がろうとした。
(ウ) 被告Eは,一旦,亡Fが浮き上がらないよう左手で同人の腕を押さえるとともに,右手で亡Fが持っていたマスクを同人の顔に押し当ててマスククリアをさせようとした。その後,被告Eは,手で原告Dに海底に止まるよう指示してから,亡Fともつれ合うようにして海面に浮上した。
(エ) 海面に浮上した後,亡Fは,被告Eに対し「苦しい」「息ができない」と訴え,まもなく意識を失った。被告Eは,海底に原告Dを放置したままでいたことから,現場の海上を移動することができず,海面に浮かんだまま亡Fに人工呼吸を施すなどしていたが,有益な救護活動をできないまま約20分以上も海上に漂っていた。
イ 被告五洋らの主張
(ア) 亡Fらは,海中において,プール実習と同様にレギュレータークリア等の練習を行い,亡Fもマスククリアまでは難なくこなせていた。
(イ) マスク脱着の訓練の途中,亡Fは,マスクを外して少ししかめっ面をし,鼻をつまむような動作をして立てていた膝を浮かせて上がりそうになった。被告Eは,落ち着かせるようにして亡Fにマスクをはめ直させ,マスククリアを行わせた。亡Fは,この過程で,レギュレーターからの呼吸を続けており,暴れたり咳き込んだりすることはなかった。
(ウ) 被告Eは,亡Fが海面に浮上したがっていたことから,一旦同人を海面で落ち着かせてから再度訓練を行うべきであると判断し,ロープを使って同人を海面に浮上させた。亡Fは,被告Eの浮上の指示に応じ,急浮上しようとして慌てたりもがいたりすることなく,ゆっくりと浮上した。
(エ) 被告Eは,海面に浮上して亡Fが意識を失った後,同人を海面で仰向けにして気道を確保しながら,ブイに戻るよう位置を確保して人工呼吸を行い,その間,同人のマスク,ウエイト,BCジャケット(浮力調整装置)を順次外し,同人の浮力を確保していた。
(3) 亡Fの死因
ア 原告らの主張
(ア) 本件事故直後に撮影された亡Fの胸部レントゲン写真では,同人の肺に広範囲にわたる白い影が認められる。したがって,亡Fが病院に搬送された段階ですでに大量の海水を吸飲し,かなりの水が肺内へ侵入していたことは疑いを容れないところであり,亡Fはこの海水の吸飲のために溺死したものである。
(イ) その原因は,亡Fが海底でマスク脱着を行おうとした際に誤って鼻から海水を飲んだ点にある。すなわち,亡Fが海中において鼻をつまむような動作をして立ち上がろうとしたのは,鼻から海水を吸飲したためであり,その後もマスククリアができず,自発的にレギュレーターをくわえることができなかったこと,海上への浮上後もレギュレーターを外そうとしたことに鑑みれば,亡Fがかかる海水の吸飲により窒息状態にあったことは明らかである。
(ウ) 亡Fが海面に漂流している間ないし海岸に曳航される間に海水を飲んだ可能性もあるが,亡Fは海面浮上後まもなく意識を失ったのであるから,同人の死亡の直接の原因となった海水の吸飲は,海面に浮上する以前に海底で生じたものと考えるべきである。
(エ) 被告五洋らの主張するような,内因的な疾患により亡Fが死亡した可能性はない。同人のレントゲン写真上も,心臓の変形・肥大等の心臓疾患を疑わせる徴表は見られないし,司法解剖の際にも,溺死以外の死因の可能性を考慮した上で最終的に溺死との結論が導かれたものである。
イ 被告五洋らの主張
(ア) 原告Aは,本件事故後に亡Fが搬送された病院で,被告E,被告五洋代表者に対し,亡Fには不整脈の持病があった旨発言したこと,入院診療録(甲36)に「もともと体が弱いと娘の弁」「アレルギー」との記載がある。
他方,亡Fが海中で死に至る程度の海水を飲んだとすると,その後,レギュレーターを装着したまま呼吸を継続することは殆ど不可能であるが,同人は,レギュレーターを外すことなく,また,マスクを再度装着して鼻から息を出し,マスククリアを自分で行っていた。また,亡Fは海岸に曳航された後も,海水を吐くことはなかったし,病院に搬送された後も同人について排水措置は取られなかった。したがって,本件事故においては,亡Fが海中で溺死に至る程度の海水を吸飲した徴表は認められない。
(イ) このように,亡Fが海中において致死的な程度に海水を吸飲した事実はなく,海面に浮上してから偶然に何らかの内在的要因と思われる原因により意識を喪失した,というのが事実に整合するものであり,海底でダイビングの実技の訓練中のミスによる海水の吸飲が死因となったものではない。
2 被告Eには,亡Fに対して行ったスキューバダイビング講習の実施につき,過失があったか(被告五洋ら関係)
(1) 原告らの主張
ア 適切な講習場所を選択しなかった過失
前記1(1)アのとおり,被告Eは,亡Fのプール実習での履修状況から,同人が海洋実習の際にも実技に失敗することが予見できたし,海中において実技の訓練に失敗した場合,パニックになり海水を吸飲して溺れる可能性を予見することができた。
したがって,被告Eには,そもそも海洋実習による潜水訓練を行わず,プールでの訓練を継続するか,岸から近く,すぐに立ち上がることができる浅瀬において訓練をするべき注意義務があった。しかるに,被告Eは,これを怠り,亡Fを沖合約120m,水深約4.2mの本件ダイビング地点に連れ出して訓練を実施した過失がある。
イ 講習における指示・指導上の過失
(ア) コンタクトレンズを着用させ,かつ,必要な指示をしなかった過失
a 被告Eは,亡Fが近眼であり,コンタクトレンズを着用しながら講習を受けていたことを知っていた。コンタクトレンズを着用したままの潜水では受講生がコンタクトレンズが流れないよう海中でいきなり目を閉じることによりパニックを引き起こすなどの危険があり,インストラクターである被告Eはこのような危険の発生を予見することができた。したがって,被告Eには,講習に際し,少なくとも以下のいずれかの措置を採るべき注意義務があった。
(a) 度付きの海中マスクを着用させること
(b) 事前にプールでの講習において目を閉じて訓練させるなど,受講生が不安にならないよう準備させること
(c) 海中においていきなり目を閉じるような指示をしないこと
b しかるに,被告Eは,上記のいずれの措置も採らず,かえって,訓練をためらう亡Fに目を閉じて訓練するよう指示し,これにより亡Fをパニックに陥らせたから,指導上の注意義務違反がある。
(イ) 海水吸飲後にマスククリアをさせようとした過失
また,前記1(2)アのとおり,亡Fは,海底において鼻を押さえて立ち上がろうとしたところ,被告Eは,かかる亡Fの様子から,同人が鼻から海水を吸飲して呼吸が苦しくなり,パニックに陥っていたこと及び同人がさらに鼻から海水を吸飲してしまう危険があることを認識することができた。
このような場合,被告Eには,亡Fの更なる鼻からの海水の吸飲を防止すべく,鼻を押さえたままの状態で海面に浮上すべき注意義務があった。しかるに,被告Eは,そうするどころか,パニック状態にあった亡Fにマスククリアをさせようとしてマスクを同人の顔面に押し当てることで,亡Fにさらに鼻から海水を吸飲させ,より重篤な状態に陥らせたから,被告Eには,海中における指導上の注意義務違反がある。
ウ 救命義務違反
(ア) 早期に海岸に曳航する等の措置をとらなかった過失
被告Eは,亡Fを海面に浮上させた際,同人が窒息状態に陥り,意識を失って呼吸停止状態となっていたことから,直ちに有効な救命措置に取りかからなければ亡Fが死に至ることを容易に予見することができた。
したがって,被告Eには,直ちに亡Fを海岸に曳航するか,地面に足がつく場所まで戻り,十分な体勢で救命措置を講じる注意義務があった。
しかるに,被告Eは,これを怠り,海底に残っていた原告Dに合図を送って海上に上がるよう指示することなく,他方,亡Fを海岸に曳航することもしないで,漫然と一人で不完全な人工呼吸を続けながら20分間以上も海面を漂うだけで,亡Fに対し有効な救命措置を施さなかった。
(イ) 早期に第三者に対し救助協力を求めなかった過失
インストラクターには,受講生が溺れた際,独力で受講生を救助できない場合に第三者に救援を求めるため,近辺に協力を求めることができる第三者がいるか注意するか,第三者が即時に発見できない場合でも遭難信号を発信するため,レスキューフロートやエアーホイッスル等を携行し,トラブルが発生した場合は,直ちに第三者への救助協力を求めるべき態勢を整えておくべき義務がある。そして,被告Eは,本件事故において,溺れた亡Fを独力では救助できない危険があることを容易に予見することができたのであるから,近辺にいる第三者に協力を求める注意義務があった。
しかるに,被告Eは,これを怠り,周囲を注視しなかったため,周辺に到着した他のダイビングスクールのメンバーに気づかず,また,レスキューフロートやエアーホイッスル等を携行しなかったため,遭難信号を送ることもできなかった。
エ 小括
以上のとおり,被告Eはダイビングインストラクターとして負う上記各注意義務に違反した過失がある。
(2) 被告五洋らの主張
ア 適切な講習場所を選択しなかった過失について
前記1(1)イのとおり,亡Fはプール実習において,海洋実習を行う上で必要な基本的潜水技術をいずれも習得した上で海洋実習に臨んだものである。
そして,被告Eは,亡Fがプール実習での技術の習得に時間がかかったことから,Cカード取得のカリキュラムからレベルを落として,通常のダイビング地点よりも水深が浅い本件ダイビング地点を講習場所として選択したものである。
したがって,被告Eは,亡Fの履修状況を踏まえて本件ダイビング地点を講習場所として選択したものであり,講習場所の選択につき過失はない。
イ 講習における指示・指導上の過失について
(ア) コンタクトレンズを着用させ,かつ,必要な指示をしなかった過失について
被告Eは,亡Fに対し,コンタクトレンズをしたまま潜水することのリスクについて説明し,できればコンタクトレンズを外してほしいとの意向を伝えたが,亡Fがコンタクトレンズをしたまま潜水することに固執したため,目を閉じる等の技術を習得させることで対応した。
したがって,被告Eは,亡Fに対し,コンタクトレンズを着用したまま潜水することの危険につき,指導上も適切に対応している。
(イ) 海水吸飲後にマスククリアをさせようとした過失について
亡Fが海中でパニック状態に陥っていた事実はない。被告Eは,亡Fに対しマスク内の水を排出するよう指示し,同人は自らマスクを付けてマスククリアをした。
したがって,被告Eに原告ら主張の注意義務違反はない。
ウ 救命義務違反について
(ア) 早期に海岸に曳航する等の措置をとらなかった過失について
前記1(2)イのとおり,亡Fが海中で水を飲んでパニック状態になった事実はなく,同人は海面に浮上した際に窒息状態や呼吸停止状態に陥っていたものではない。亡F及び被告Eが海面に浮上した後,亡Fの内在的要因により,同人の意識が朦朧としてきたことから,被告Eは人工呼吸を行ってこれに対応していたものであって,他の行動を取る余裕はなかった。
したがって,被告Eには原告ら主張の注意義務違反はない。
(イ) 早期に第三者に対し救助協力を求めなかった過失について
原告ら主張の事実は否認する。被告Eは,エアーホイッスルを携行していたし,本件ダイビング地点の海上にはフロートが常時設置されていた。上記のとおり,被告Eは,内在的要因のために呼吸不全に陥っている亡Fに対し人工呼吸をする以外の他の行動を取り得る余裕がなかったのであるから,第三者に対し,救助協力を求めなかったことが同被告の過失となるものではない。
エ 小括
以上のとおり,被告Eの行った講習及び救命措置につき,過失はない。
3 被告五洋は,亡Fの死亡について損害賠償責任を負うか(被告五洋関係)
(1) 原告らの主張
ア 安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任ないし注意義務違反の過失に基づく不法行為責任
(ア) 被告五洋は,ダイビングスクールの主催者として,受講者が溺れる可能性を予見することができた。そして,レスキュー経験のないインストラクター1人では,受講生が溺れた場合,その場で適切な救護措置をとることができず,受講生を救命できない危険があることを認識することができた。
したがって,被告五洋には,ダイビングスクール受講契約上の安全配慮義務ないし注意義務として,海洋実習を行う際,少なくとも以下の各措置のいずれかを講じるべき義務があった。
a インストラクターに安全な講習場所を選択させるべき義務
被告五洋には,高齢の亡Fのプール実習での習熟が遅かったことに鑑み,被告Eをして,そもそも海洋実習による潜水訓練を行わせず,プールでの練習を継続するか,岸から近く,足が立つ浅瀬において訓練を行わせるべき義務があった。
b 適切な講習担当者を選択すべき義務
被告五洋には,亡Fの実技の習熟が遅かったこと,被告Eがレスキューについて未熟であったことに鑑み,海洋実習には,被告Eではなく,亡Fが海水を吸飲した場合にも適切に対応できる技能をもった熟練インストラクターを担当させるか,被告Eのほかに複数のインストラクターを担当させるべき義務があった。
c 指示・監督義務として,インストラクターに対し,以下の事項を指示すべき義務
@ 講習にあたるインストラクター全員に対し,不慮の水難事故の防止方法や,緊急事態の際の具体的行動基準を示すこと
A 被告Eに対し,受講生につき,不安を感じた場合に直ちに訓練を中止して,受講生に無理を強いて訓練させないよう周知すること
d 救命措置として,事前に以下の各措置を講じるべき義務
@ 予め講習場所の海上に監視員を乗せたボートを用意して監視に当たらせること
A 避難場所として,海面の浮標に無人のボートやいかだを係留させること
B 海岸に監視員を配置して緊急事態に備えること
(イ) ところが,被告五洋は以上の各措置のいずれも講じなかったから,同被告は安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任ないし上記各義務に違反した過失に基づく不法行為責任を負うことになる。
イ 使用者責任
被告五洋は被告Eの使用者であるから,被告Eの前記2(1)のとおりの不法行為責任につき,民法715条に基づく使用者責任を負う。
(2) 被告五洋の主張
ア インストラクターに安全な講習場所を選択させるべき義務について
上記1(1)イのとおり,亡Fは,海洋実習が可能な程度の履修状況であった。しかも,被告Eは,亡Fのプール実習での訓練経過に鑑み,講習場所として,Cカード取得のカリキュラムからレベルを落として,通常のダイビング地点よりも水深の浅い本件ダイビング地点を選択している。したがって,講習場所の選択につき,被告五洋に原告ら主張の義務違反はない。
イ 適切な講習担当者を選択すべき義務について
亡Fがプール実習で必要な潜水技術をいずれも履修していたことは上記1(1)イのとおりである。また,被告Eは,被告五洋において定期的に実施されるレスキュー訓練で,その実技習熟度の確認を受けた上でインストラクター資格を有するものであり,かつ潜水本数も1000本を超え,本件事故当時十分な技量を有していた。したがって,被告五洋には,被告E以外の熟練者に亡Fを担当させるか,又は被告Eに補助者を付けるべき義務はない。
ウ 指示・監督義務について
被告五洋はインストラクターに対し必要な指導を行っていたし,現に被告Eもホイッスル等を携行するなど不慮の事故の発生に対し必要な備えをしていた。また,被告五洋は,海上にフロートを常時設置するなどの措置も講じていた。したがって,この点についても,被告五洋に原告ら主張の義務違反はない。
エ 救命措置について
被告五洋に原告らの主張するような措置をとるべき義務はなく,現に被告五洋以外のダイビング業者でも原告ら主張の措置をとっている業者はない。被告五洋としては,別途,事故防止のための必要な手当てを行っていたのであり,原告ら主張の義務違反はない。
オ 使用者責任について
前記2(2)で述べたとおり,被告Eには亡Fに対して行ったスキューバダイビング講習の実施につき過失はないから,被告五洋は使用者責任を負わない。
4 被告オリオンツアーは,亡Fの死亡について損害賠償責任を負うか(被告オリオンツアー関係)
(1) 原告らの主張
ア 被告オリオンツアーには,以下の事情から,信義則上,被告五洋の行うダイビングスクールの施設,人員構成,講習方法など内容について調査し,あるいは報告を求め,被告五洋が受講生の安全面に十分配慮していることを確認し,不備があれば交渉等により是正させる義務(安全配慮義務)が課せられている。
(ア) ダイビングスクールの受講という商品自体生命身体に対する危険を伴うものであり,被告オリオンツアーは,かかる危険性を熟知しながら,パンフレットにおいてその安全性を約束していた。
(イ) 被告オリオンツアーは,主催旅行を企画する段階において,販売する被告五洋のダイビングスクールの講習内容を確認し,安全対策等について被告五洋と交渉できる地位にあった。
(ウ) 亡Fらを含む受講生は全くのダイビングの初心者であり,ダイビングの危険性に関し,情報や専門的知識に乏しい。
(エ) 本件ツアーにおいて,亡Fらを含む受講生は,ダイビング受講料を含む旅行代金を全額前払いにより支払い,被告五洋とのダイビングスクール受講契約が当然に組み込まれていたことから,主催旅行業者である被告オリオンツアーによるダイビングショップの選定を絶対的に信用せざるを得ない立場にある。
イ 沖縄県においては,「沖縄県水難事故の防止及び遊泳者等の安全の確保等に関する条例」(改正平成6年12月27日条例第45号)及び同施行規則により,以下の基準を満たした者を安全対策優良事業者としている。
したがって,被告オリオンツアーには,上記安全配慮義務の具体的内容として,以下の条件を満たすダイビングショップを選定し,又はダイビングスクールに不十分な点があれば是正を求めるべき義務があったというべきである。
(ア) 潜水士の資格要件を具備したガイドダイバーが配置されていること
(イ) 潜水具の点検が万全であること
(ウ) 安全な潜水のできないおそれのある者に対する潜水を禁止していること
(エ) 危険が生ずるおそれのある場所での潜水を禁止していること
(オ) 潜水者の名簿を備え付け,保存していること
(カ) ガイドダイバーの名簿を備え付けていること
(キ) 水難事故が発生した場合の警察への通報態勢が整えられていること
(ク) 潜水上の遵守事項が策定され,これが周知されていること
(ケ) 緊急連絡用の通信手段が整備されていること
(コ) 緊急時を想定した救命訓練が行われていること
(サ) 緊急時の人命救助体制が十分に整えられていること
ウ 被告五洋は,以上のうち(ア)(イ)(エ)(ケ)(コ)(サ)の条件を満たしていなかった。
しかるに,被告オリオンツアーは,以上の事項を確認して被告五洋にその是正を求めることをしないで,亡Fらとの間で本件ツアーに係る旅行契約を締結した。したがって,被告オリオンツアーには,旅行契約上の安全配慮義務違反があり,債務不履行に基づく損害賠償責任を負う。
(2) 被告オリオンツアーの主張
ア 原告らの主張は争う。原告らの主張する被告オリオンツアーの義務の根拠は抽象的なものに止まり,本件の亡Fの死亡原因との関係も不明である。
イ 原告らの上記(1)イの主張に係る基準は,あくまでダイビングスクールを実施するレジャー提供業者が,安全対策優良海域レジャー提供業者の指定を受ける際の審査基準として掲げられたものであって,抽象的な基準でしかなく,かかる基準が本件ツアーに係る旅行契約上の安全配慮義務の根拠となるものではない。
ウ なお,被告オリオンツアーがダイビングツアーの主催旅行で扱うダイビングスクールの選定基準は,以下のとおりであり,被告五洋はこれらの条件を充足していたものである。したがって,仮に被告オリオンツアーが業者の選定につき原告ら主張の義務を負っていたとしても,義務の違反はない。
(ア) 現地ガイド歴が5年以上の経験を持つインストラクターが1名以上いること
(イ) 常勤インストラクタースタッフが2名以上いること
(ウ) 10億円以上の保険に加入していること
(エ) 過去にダイビングショップ側の過失が原因の重大事故が発生していないこと
(オ) 過去のダイビングスクール受講者の取扱人数
(カ) ツアー参加者を受け入れた際の対応の的確性及び旅行業者への報告の有無
(キ) ツアー参加者からのクレームの有無
5 被告らの過失ないし債務不履行と亡Fの死亡との間の因果関係の有無
(1) 原告らの主張
ア 適切な講習場所を選択しなかった過失(被告五洋ら関係)
被告E,同五洋が,海洋実習に必要な技術を十分に習得していなかった亡Fに対して,プールや浅瀬において訓練を続けさせていれば,亡Fが鼻から海水を吸飲して溺死することを避けることができた。したがって,被告Eないし同五洋の適切な講習場所を選択しなかった過失と亡Fの死亡との間には因果関係がある。
イ 講習における指示・指導上の過失(被告E関係)
(ア) コンタクトレンズを着用させ,かつ,必要な指示をしなかった過失
被告Eが,亡Fに対し,度付きマスクを使用させていれば,亡Fはコンタクトレンズを気にすることなく訓練を行うことができ,海中で目を閉じることによる恐怖心を生じることはなかった。しかるに,被告Eは,亡Fに対し,コンタクトレンズを装着させたまま海洋実習をさせた過失により,亡Fは,目を閉じてマスクを一気に外した際に,マスク内に海水が侵入したことから一瞬気をとられ,誤って鼻から海水を吸飲し溺死するに至った。このように,コンタクトレンズを使用させたことと亡Fの死亡との間には因果関係がある。
(イ) 海水吸飲後にマスククリアをさせようとした過失
亡Fがマスクを外した直後に鼻から海水を吸飲した際,被告Eが,亡Fにマスククリアをさせようとせずに,直ちに同人の鼻を押さえたまま,原告Dとともに海面に浮上していれば,亡Fの誤嚥する海水の量を最小限に抑えることができ,同人が吸飲した海水によって溺死することを避けることができた。したがって,マスククリアさせようとした過失と亡Fの死亡との間には因果関係がある。
ウ 救命義務違反(被告E関係)
一般に,呼吸停止の状態に陥った後15分経過した場合でも,心肺蘇生法,救急処置,医療措置等の救命処置が適切にされれば救命の可能性があるところ,本件においても,原告らの主張する各措置が採られていれば,亡Fの救命処置を呼吸停止から短時間で行うことが可能であったのであり,亡Fの救命の可能性があったということができる。したがって,被告Eが,亡Fを早期に陸上に曳航するなど適切な措置を講じなかった過失と亡Fの死亡との間には因果関係がある。
エ 適切な講習担当者を選択しなかった過失(被告五洋関係)
被告Eではなく,熟練したインストラクターであれば,本件のような事故に遭遇しても,事態を把握し,無理にマスククリアをさせることなく,亡Fをすぐに海上に引き上げ,第三者に通報することなどにより,亡Fを救助することが可能であった。したがって,適切な講習担当者を選択しなかった過失と亡Fの死亡との間には因果関係がある。
オ インストラクターに対する指示・監督義務違反(被告五洋関係)
被告五洋が,インストラクターに対し,適切な指示をしていれば,本件事故を避けることは可能であったのであるから,上記義務違反と亡Fの死亡との間には因果関係がある。
カ 救命措置違反(被告五洋関係)
被告五洋が,本件ダイビング地点の海上にボートを浮かべるか,陸上に監視員を配置するなどしていれば,亡Fは海上を20分以上漂うことなく,早期に救命措置を受けることができたのであるから,上記義務違反と亡Fの死亡との間には因果関係がある。
キ 被告オリオンツアーの安全配慮義務違反(被告オリオンツアー関係)
被告オリオンツアーが,ダイビング業者を厳選し,被告五洋に亡Fらの講習を担当させていなければ,本件事故はそもそも起こっていなかったのであるから,上記義務違反と亡Fの死亡との間には因果関係がある。
ク したがって,被告らの過失ないし債務不履行と亡Fの死亡との間には,相当因果関係がある。
(2) 被告らの主張
原告らの主張はいずれも争う。
6 原告らに生じた損害額
(1) 原告らの主張
ア 亡Fの死亡により生じた損害は,以下のとおり,合計1億3395万0460円である。
(ア) 死亡による逸失利益 9081万2876円
(省略)
(イ) 死亡慰謝料 3000万円
(ウ) 葬儀費用 191万2000円
(エ) 交通費 4万6148円
原告らは,亡Fの死亡に伴い,現地への移動に係る運賃,交通費等として,上記金額を支払った。
(オ) 安置料,棺代 27万3000円
(カ) 入院費用 90万6436円
(キ) 弁護士費用 1000万円
本件訴えの提起に係る弁護士費用としては,上記損害額の合計の約1割に相当する1000万円が相当である。
イ 原告らは,亡Fの法定相続人であり,上記に係る亡Fの損害賠償請求権を各原告の法定相続分(原告Aにつき2分の1,その余の原告につきそれぞれ6分の1)に応じ相続し,その余の損害に係る金額を各原告の法定相続分の割合に応じ負担した。
(2) 被告らの主張
原告らの主張は争う。
第5 争点に対する判断
1 認定事実
前記第3の争いのない事実等1ないし3,証拠(甲1ないし52,乙1ないし21,原告C本人,原告D本人,被告E本人〈ここでは,書証について枝番号のあるものは,枝番号を含む。〉)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 亡Fの経歴等
ア (省略)
イ 亡Fは,27年間の勤務期間中,育児休業を除き,病気によって欠勤したことはなかった(甲3)。
(2) スキューバダイビングの資格,講習の内容等
ア PADIのダイバー資格には,オープンウォーターダイバー,レスキューダイバー,ダイブマスター等があるが,オープンウォーターダイバーがもっとも初歩的な資格である。
イ オープンウォーターダイバーの認定条件を満たした場合,受講生には,いわゆるCカードが発行される。
ウ 本件ツアーにおける被告五洋によるダイビングスクールの講習内容は,事前学科講習,プール実習,海洋実習の三つの段階で構成される。受講生は,沖縄へ向かう前に,大阪市内で実施される事前学科講習を受講した上で,沖縄に移動してプール実習及び海洋実習を受講するものとされている。
事前学科講習の後,受講生は,沖縄県国頭郡本部町所在の「ホテルベルビュー」内のプールにおいて実施されるプール実習において,被告五洋のインストラクターから,ダイビング機材のセッティング,水中での呼吸の練習,レギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリア,マスク脱着,中性浮力,水中移動,水面移動等の基本的潜水技術の習得につき指導を受けることとなる。
そして,次の海洋実習において,受講生は,沖縄県国頭郡本部町字崎本部の沖合において,実際に海底に潜水し,そこで実技の習得につき指導を受けることとなる。受講生は,通称「ゴリラチョップ」と呼ばれる岩場からダイビング地点まで泳ぎ,そこから海底に潜行して,プール実習において履修する内容と同種の実技を履修することとされている。
エ 沖縄における講習日程予定は,以下のとおりである。
7月30日午前 プール実習
午後 海洋実習@A
7月31日午前 海洋実習B
午後 海洋実習C
8月1日 自由時間
(3) 本件事故当日までの経緯
ア 亡Fは,本件ダイビングに至るまで,平成12年に宮古島で体験ダイビングに参加したことがあったが,海洋で潜水をするには至らなかった。
イ 亡Fは,原告C,同Dとともに,平成14年5月ころ,本件ツアーの参加を申し込んだ。
ウ 亡Fらは,平成14年7月24日ころ,大阪市内で被告ファイブオーシャンが営む「ダイビングスキルアップセンターWEST」において学科講習を受講した。亡Fは,事前に渡されていたダイビングの教本やビデオで勉強していたため,学科講習の成績は良好だった。
(4) 本件事故当日の経過
ア 亡F,原告C,同Dは,平成14年7月29日午後,沖縄へ向けて出発し,同日夜,沖縄県本部町所在のホテルに宿泊した。29日は,移動日に当てられたため,被告五洋から本件講習についてのオリエンテーション等が実施されることはなかった。
イ 亡Fらは,翌30日午前9時ころ,被告五洋のスタッフに引率されて,沖縄県国頭郡所在の被告五洋の経営するダイビングショップに到着した。亡Fらは,ダイビングショップにおいて,所定用紙の記入を行うとともに,被告Eと対面し,同被告から,当日の予定,本件講習の内容等について説明を受けた。
ウ 亡Fらは,同日午前9時40分ころ,「ホテルベルビュー」内のプールに移動して,プール実習を開始した。プールの水深は,約1・2m程度で,亡Fらの胸から腰ぐらいの深さであった。
プール実習においては,機材セッティング,呼吸練習,レギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリア,マスク脱着,中性浮力,水中移動,水面移動の順で訓練を行った。
亡Fらは,被告Eに向かって左から,原告D,同C,亡Fの順で,同被告と向き合う形で訓練を行った。被告Eは,各実技の手本を示した後に,原告D,同C,亡Fの順に各実技の実演を行わせ,各自の到達度を確認した。
亡Fは,機材セッティング,呼吸練習,中性浮力,水中移動,水面移動の訓練は通常にこなせたものの,レギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリア,マスク脱着の訓練に手間取り,レギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリアについては各2・3回,マスク脱着については1・2回,合計で10回以上水中から立ち上がって訓練に失敗していた。
被告Eは,各人が実技に1回成功すれば次の実技に移行していたため,亡Fが各実技につき数回失敗していても1回成功すれば,次の実技に移行した。
エ 亡Fらは,同日午後2時前ころ,プール実習を終えて,前記ダイビングショップに戻った。亡Fと原告Dは,ダイビングショップで昼食をとった後に,被告Eから,午後の講習につき説明を受けた。同被告は,リラックスさせるために海に慣れることを勧めるとともに,呼吸を常に一定のペースですること,耳抜きをこまめにすることをアドバイスしたが,海水を誤飲した場合等のトラブルへの対処方法は特に説明しなかった。
原告Cは,プール実習での訓練中に気分が悪くなったため,午後からの海洋実習をキャンセルした。そのため,亡F及び原告Dの2人が午後からの海洋実習を受講することになった。
オ 被告Eは,亡Fらの体調を質問した上,同日午後3時ころ,同人らを引率して沖縄県国頭郡本部町字崎本部のビーチに移動し,同日午後3時10分ころ,同ビーチから海洋へエントリーして,本件ダイビング地点まで泳いで向かった。
本件ダイビング地点まで泳ぎ着く途中の沖合約50mの地点で,亡Fが疲れた様子で遅れ出したので,被告Eは,亡Fらに対し,一旦,海面で浮かんだまま休憩をするよう指示した。その後,亡Fの呼吸が整ったことから,亡Fらは,移動を再開し,本件ダイビング地点の海上に到達した。
カ 亡Fらは,同日午後3時27分ころ,本件ダイビング地点の海上に着いた後,同所に設置されたブイから伸びているロープに沿って水深約4.2mの海底に潜行した。海底に着くと,亡Fらは,被告Eに向かって左から,亡F,原告Dの順で,同被告に向かいあう形で,海底に膝をついて立った。亡Fらは,海底で,プール実習と同様,呼吸練習,レギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリア,マスク脱着の順で訓練を行った。海底での訓練は,被告Eがまず手本を見せた後に,原告D,亡Fの順で各実技を実演するという形で行われた。
キ 亡Fらは,マスククリアまでの訓練を終了し,マスク脱着の訓練に入り,亡Fの順番になった際,同女は,ためらうような仕草を見せたが,その後,思い切った様子で一気にマスクを外した。亡Fは,マスクを外した直後,鼻をつまむような仕草をして,苦しい表情で,海底から膝を浮かして立ち上がろうとした。被告E,原告Dは,亡Fが浮き上がらないよう同人のBCジャケットないし腕を押さえた。被告Eは,亡Fにマスククリアをさせようとして,マスクを同人の顔面に押し当てた。その後,被告Eは,原告Dに対し,海底に止まるよう手で指示をしてから,亡Fとともに,泳いで海面に浮上した。
ク 海面浮上後,亡Fは,口からレギュレーターを外し,被告Eに対し,「苦しい」「息ができない」と訴えた。被告Eが,「水を飲んでしまいましたか」と尋ねると,亡Fは,「はい」と返事をした。被告Eは咳き込んで海水を吐くよう指示したが,亡Fは,「出来ない」「苦しい」と答えるばかりであった。被告Eは,しばらく亡Fと言葉を交わしていたが,亡Fは,約2,3分後に意識を失った。
ケ 被告Eは,亡Fが意識を失い,呼吸が困難になったことから,同人を海面で仰向けにして気道を確保しながら,人工呼吸を行った。被告Eは,亡Fの装着していた機材を順次外すとともに,自身の機材も外して浮力を確保しながら,原告Dを海底に残したまま,その場で,亡Fへの人工呼吸を続行した。
コ その後,別のダイビングの講習を行っていたGらが,ブイから約20ないし30m離れた位置で亡Fと被告Eが浮かんでいるのを発見した。Gらは,被告Eが亡Fのレスキューをしていることを確認すると,救急車の手配をするとともに,被告Eとともに亡Fを海岸へと曳航し,海岸到着後交互に人工呼吸を行った。なお,原告Dは,Gから促されて海上に浮上し,Gが連れていた客に連れられて海岸に到着した。
(5) 本件事故後の状況(甲31の2)
ア 本部町今帰仁村消防組合は,同日午後4時37分,通報を受け,救急活動を開始した。同組合の救命隊員らは,同日午後4時41分,現場に到着したが,到着時の亡Fの状態は,呼吸,脈及び対光反射がいずれも認められず,瞳孔散大(左右各5o)が認められ,心肺停止の状態であった。同隊員らは,亡Fに対し,心肺蘇生のための応急措置をとり,同日午後5時03分,沖縄県立北部病院に搬送した。救急車には被告Eも同乗した。
イ 亡Fは,同日から同病院において入院診療を受けたが,同年8月8日午後4時05分,死亡した。
なお,同人について作成された死体検案書(甲13)には,直接死因として「溺死」の記載があり,死体検案時の解剖所見として「左胸水370ml,右胸水250ml,腹水300ml,全身浮腫高度,脳軟化高度」との記載がある。
2 争点1(プール実習における亡Fの履修状況,本件事故の発生経過及び亡Fの死因)について
(1) まず,亡Fの死因について検討する。
ア この点につき,被告五洋らは,原告Aが,亡Fが搬送された病院で,被告E,被告五洋代表者に対し,亡Fには不整脈の持病があった旨発言したこと,入院診療録(甲36)に「もともと体が弱いと娘の弁」「アレルギー」との記載があることから,亡Fの死因は,海中での海水の吸飲による溺死ではなく,海面浮上後に発生した偶然の何らかの内在的要因によるものである旨主張する。
イ しかしながら,本部町今帰仁村消防組合が,同日午後4時41分に現場に到着した時の亡Fの状態は,すでに,呼吸も脈拍も停止して心肺停止の状態にあり,瞳孔散大(左右各5o)で対光反射もなかった。また,前記のとおり,本件事故の直後に撮影された亡Fの胸部レントゲン写真(甲35の1)では,同人の肺の両側の中から下肺野内側に広範囲に水の存在を示す浸潤影が広範囲に認められ,それは呼吸に必要な肺体積の約40パーセントが侵襲を受けていることを示すものであり,その一方で,心拡大や胸水は見られないことが認められる(甲37)。さらに,前記のとおり,亡F死亡の翌日である平成14年8月9日に作成された死体検案書(甲13)の直接死因の欄には「溺死」と記載され,解剖所見の欄には「左胸水370ml,右胸水250ml,腹水300ml,全身浮腫高度,脳軟化高度」との記載があるところ,同検案書を作成した医師Hの回答書(調査嘱託の結果)によれば,亡Fには溺死特有の症状は見られなかったものの,同人の心臓に心筋梗塞や虚血性心疾患を示唆する所見はみられず,その他の主要臓器にも死を生じさせる器質的疾患はみられなかったこと,医師Hは,このことから,解剖・組織学的検索結果ならびに事故時の状況,その後の経過などを総合的に判断した上で死因を溺死であると判断したことが認められる。以上の認定事実からすると,亡Fの直接死因は,同人の内在的要因に起因するものではなく,海水を吸飲したことによる溺死であると認めるのが相当である。
ウ したがって,これに反する被告らの上記主張は理由がない。
(2) 次に,本件事故の発生経過について検討する。
ア 本件事故の発生経過は,第5の1(4)オないしコ記載のとおりであり,亡Fは,海底において,マスクを外した直後,鼻をつまむような仕草をして,苦しそうな表情で膝を浮かして立ち上がろうとしたが,被告Eと原告Dが亡Fの腕等を押さえ,同被告がマスククリアをさせるためにマスクを亡Fに押し当てたものである。
イ これに対し,被告五洋らは,亡Fが,鼻をつまむような動作をして上がりそうになった際,被告Eが亡Fにマスクをつけさせた,マスククリアをさせた際,亡Fはレギュレーターからの呼吸を続けていた旨主張し,被告Eも概ねこれに沿う供述をする。
ところで,被告Eは,亡Fに対して片手でマスクを装着させたと供述するが,それまでの訓練において,亡Fに対し片手でマスクを装着する方法を教えていなかったというのであるから,海底で海水を飲んだかもしれないという緊急時に,教えられていない方法でマスクを装着することを指示したということは通常考えられない。むしろ,本件事故後に行われた原告ら代理人との面談においては,被告Eは,亡Fの顔面にマスクを押し当てた旨発言していることが認められる(甲46)。以上によれば,被告Eが亡Fにマスクをはめ直させたのではなく,被告Eが亡Fの顔面にマスクを押し当てたと認めるのが相当である。これに反する被告Eの上記供述部分は到底信用できない。
また,亡Fの死因が海水の吸飲による溺死であり,亡Fが海面浮上後直ちに意識を消失していることからすれば,亡Fは,それ以前の時点,すなわち,海底でマスクを外してすぐに鼻をつまんだ時点あるいは被告Eが亡Fの顔面にマスクを押し当てた時点で致死量の海水を吸飲したものと認めるのが相当である。このように,亡Fは,マスクを再装着した時点ですでに致死量の海水を吸飲していたのであるから,亡Fが自らマスククリアし,普通にレギュレーターで呼吸を続けていたとの被告Eの供述も不自然・不合理で到底信用できない。
以上より,被告Eの上記供述部分は信用できず,被告らの上記主張は理由がない。
(3) 最後に,プール実習における亡Fの履修状況について検討する。
ア プール実習における亡Fの履修状況は前記第5の1(4)ウ,エ記載のとおり,午前9時40分から午後2時前ころまでプール実習をし,被告Eは,各実技を1回成功すれば次の実技に移行したので,何度も失敗した亡Fもそれぞれの実技は1回成功させただけである。
イ これに対し,被告五洋らは,亡Fらがプール実習を終え,ダイビングショップに戻ったのは午後1時15分ころであり,プール実習の時間は約3時間であること,亡Fはプール実習において,レギュレータークリア,マスククリア,マスク脱着の訓練の際,各1回ずつ水中から立ち上がり練習に失敗していたが,通常2時間の予定のプール実習を3時間かけて行うなど時間をかけて繰り返し反復練習することで,最終的には各実技を4回程度連続して成功するなど,レギュレータークリア等の各技術を十分こなすことができるようになった旨主張し,被告Eもこれに沿う供述をする(同被告作成のメモ(甲10)の記載も同旨)。
(ア) しかしながら,亡Fがダイビングショップに戻った時間を,被告Eの供述する午後1時15分ころと仮定すると,午後3時に海洋実習に出るまでの約1時間45分もの間,亡Fらはダイビングショップに滞在していたことになるが,被告E作成のメモ(甲10)には「海1本目のブリーフィング」と記載され,午後の講習においては2本の海洋実習が予定されており,被告E自身プール実習が約1時間遅延していたことを認めていることからすれば,同被告はカリキュラム上時間的に切迫した状況にあったものといえ,1時間45分ものダイビングショップでの滞在時間は不合理であると言わざるを得ない。
他方,原告Cは,ダイビングショップに戻った時間につき,午後2時前ころと供述するが(原告C本人),同Cの供述は,当時ダイビングショップにあった時計を見たことを根拠とする正確な記憶に基づくものである上,昼食と海洋実習の説明のために約40分程度ダイビングショップに滞在して午後3時に海洋実習に出たという原告Dの供述(原告D本人)とも符合するもので,信用することができるものである。
よって,亡Fらがプール実習を終えてダイビングショップに戻ったのは午後2時ころであると認めるのが相当であり,本件プール実習に要した時間は,3時間ではなく,午前9時40分ころから約4時間程度であり,予定時間を約2時間超過したと認めるのが相当である。
(イ) そして,被告Eの供述のように,亡Fがレギュレータークリア,マスククリア,マスク脱着の訓練の際に各1回ずつ失敗して立ち上がっただけで,各実技を4回以上成功させていたというのであれば,予定時間を約2時間も超過する訓練が必要になることは通常考えられない。
(ウ) したがって,反復練習をすることで各実技を4回程度連続して成功するようになった旨の被告Eの供述は信用することができず,被告らの上記主張は理由がない。
ウ 以上によれば,亡Fは,プール実習において,予定時間を2時間近く超過する訓練が必要となるほどレギュレータークリア等の実技の訓練に失敗し,各実技につき1回しか成功していなかったと認められる。後述のとおり,海底はプールと異なり,初心者においては,各種の物理的・精神的ストレスからミスをしやすく,わずかなミスがパニックにつながりかねないため,受講生は海洋実習を行う前に,基本的潜水技術を自信をもって行うことができる程度に習得しておく必要があるというべきである。特に,亡Fのように海洋実習を行う前に失敗を繰り返した場合には,自信を失っている,あるいは不安を抱えているというべきであるから,自信ないし余裕を持って各実技を行うことができるよう,数度連続して成功するまで反復練習をする必要があったものというべきである。
これに対し,被告五洋らは,被告Eが通常の講習よりレベルを落として十分すぎるほどの練習を行い,その結果亡Fはレギュレータークリア等の技術を習得した旨主張するが,上記のとおり,亡Fは基本的潜水技術を十分に習得できていなかったと言わざるを得ず,被告五洋らの主張は採用できない。
3 争点2(被告Eの本件ダイビング講習における過失)について
(1) スキューバダイビングは,自給式呼吸装置を用いて行う潜水をいい,呼吸等において強い制約を受ける上,水圧,窒素濃度等により身体的にも強い負担がかかるものである。したがって,水中で呼吸しながら活動するということは人間にとっては特殊な環境にあるというべきであり,それだけで強度な精神的ストレスを受けることとなる。特に初心者においては,各種のストレスから精神的に不安定な状態になり,海水を飲むなどの些細なミスからパニックに陥りやすく,さらにパニックのために海水を吸飲するなどして溺死を含む重篤な事故に直結することになりかねない。
スキューバダイビングの事故については,平成13年までの10年間の年平均で,事故者数は45人,死亡・行方不明者数は20人,死亡率(事故者に対する死亡・行方不明者の割合)は約44%,事故者のうち溺水による者の割合は約27%であり,スキューバダイビング歴にかかわりなく死亡・行方不明者が発生しているという報告がある(甲23)。
このような事態をできるだけ防ぐためにも,特に,初心者に対しては,海洋での潜水実習の前に基本的潜水技術を十分習得するように指導することが強く求められるとともに,その習得した技術や体調に応じた実習場所を選択しなければならないというべきである。
したがって,このようなスキューバダイビングのもつ危険性に照らし,スキューバダイビングの初心者に対し基本的潜水技術の指導等に当たるインストラクターには,初心者が海中でパニックに陥る危険性があることを認識した上,初心者の基本的潜水技術の習得度に応じた実習方法及び実習場所を選択すべき注意義務が課されているものというべきである。具体的には,受講生に海洋実習を行う前に,レギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリア,マスク脱着といった基本的潜水技術を十分に習得しているか否かを確認し,習得が不十分であれば,海洋実習を行わないか,行うとしてもストレスのさほどかからない安全な場所において,基本的技術を習得するまで講習を行うべき注意義務を負うと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみるに,前記2(3)ウのとおり,亡Fは,プール実習において,約2時間の延長練習が必要なほどにプール実習での訓練に失敗し,各実技についてはそれぞれ1回しか成功していなかったのであるから,亡Fは,プール実習において,レギュレータークリア,レギュレーターリカバリー,マスククリア,マスク脱着といった基本的潜水技術を,海洋実習を受けることができる程度には習得できていなかったものと認めるのが相当である。そして,被告Eとしては,このようなプール実習での履修状況にある亡Fを,身長を超える水深の場所に連れ出したときには海底で各種のストレスから海水を飲むなどのミスを犯す危険があり,その場合にはさらにパニックに陥ってより多量の海水を飲むなどして最悪溺死に至ることがあり得ることを認識・予見することができたというべきである。したがって,被告Eには,亡Fをいきなり足の届かない海洋に連れ出して実習をさせるのではなく,亡Fが基本的潜水技術を十分に習得するまで,プール実習を継続して海洋に連れ出すのを控えるか,海洋に連れ出すとしても足の立つ浅瀬で,あるいは岸からさほど遠くない場所を選択して訓練を行うべき注意義務があったというべきである。
それにもかかわらず,被告Eは,亡Fが基本的潜水技術の習得が十分であると判断し,海水を誤飲した場合の対処方法をなんら説明しないまま,亡Fを,沖合約120mも離れた地点の,水深約4.2mの海底という,未熟な初心者がパニックを惹起しやすい本件ダイビング地点に連れ出したのであるから,同被告は,上記の注意義務に違反したというべきである。
(3) これに対し,被告五洋らは,被告Eは亡Fのプールでの履修状況から,Cカード取得のカリキュラムからレベルを落とし,通常のダイビング地点より水深の浅い本件ダイビング地点を講習場所として選択したから被告Eに講習場所の選択につき過失はない旨主張する。
しかしながら,被告Eは亡F,原告Dに対し,海洋実習に出るに当たり,これから行う海洋実習がCカード取得のためのカリキュラムではなく,本件ダイビング地点での実習ではCカードが取得できないことを何ら説明していないところ(被告E本人,原告D本人),受講生に何ら説明なくインストラクターの一存でカリキュラムを変更することは通常考えられない。これにつき,被告Eは,本件ダイビング地点での講習がうまくいけば,通常のダイビング地点に移動してCカード取得に必要なカリキュラムを行う予定であった旨供述するが,被告Eはこのことも亡Fらに説明しておらず(被告E本人,原告D本人),被告Eの供述は不合理と言わざるを得ず,同被告の供述部分は信用できない。
また,本件ダイビング地点は,そもそも沖合約120mと海岸から相当離れた距離にあり,受講生に,移動による体力消耗をもたらすとともに,容易に海岸に戻れないなどの心理的不安を惹起する危険がある。また,水深も約4.2mと浅くはなく,受講生が各種のストレスからパニックを起こしやすい場所であることに変わりはない。このように,結局,本件ダイビング地点は,仮にCカード取得のカリキュラムからレベルを落としたものであったとしても,基本的潜水技術を十分に習得していない初心者の実習場所としては不適当であったものと言わざるを得ない。
以上より,被告五洋らの主張は理由がない。
(4) したがって,被告Eには,亡Fに対して行ったスキューバダイビング講習の実施につき過失が認められる。
4 争点3(被告五洋の亡Fの死亡についての損害賠償責任)について
前記2で説示したとおり,被告Eには,亡Fに対して行ったスキューバダイビング講習の実施につき過失が認められるところ,被告五洋が被告Eの使用者であることは当事者間に争いのない事実であるから,被告五洋は民法715条により,原告らに対しその損害を賠償すべき義務を負うというべきである。
5 争点4(被告オリオンツアーの亡Fの死亡についての損害賠償責任)について
(1) 旅行会社は,一般に,旅行者との間で締結した主催旅行契約に基づき,旅行者に対し,主催旅行契約に従った交通機関や宿泊,または各種の旅行サービスを旅行者が受けられるよう手配する手配債務及び手配された旅行サービスが予定どおり履行されるよう管理する旅程管理債務を負う。
(2) この点,原告らは旅行会社である被告オリオンツアーが負うべき安全配慮義務の内容として,被告五洋の行うダイビングスクールの施設,人員構成,講習方法など内容について調査し,あるいは報告を求め,被告五洋が受講生の安全面に十分配慮していることを確認し,不備があれば交渉等により是正させるべき義務がある旨主張する。
しかしながら,実際に各種旅行サービス(旅行先での企画・サービスを含む。)を提供するのは,旅行会社とは別の営業主体である旅行サービス提供機関であるから,施設の整備・点検,従業員の配置や教育等,旅行サービスを提供するに際して旅行者の安全を確保するための具体的措置をとることは,第一次的には,当該旅行サービス提供機関が負うべき義務である。そして,旅行会社が安全配慮義務違反を問われるのは,旅行会社が旅行サービス提供機関の選定に際して,当該旅行サービス提供機関を選択するのが旅行者の安全確保の見地から明らかに危険であることが認識できたにもかかわらず,これを漫然と選定して,その危険が当該旅行者に発生した場合などに限られると解すべきである。
(3) そして,被告オリオンツアーは,ダイビングスクール選定の客観的判断基準として,現地ガイド歴が5年以上の経験を持つインストラクターが1人以上いること,常勤インストラクタースタッフが2人以上いること,10億円以上の保険に加入していること,過去にダイビングショップ側の過失が原因の重大事故が発生していないことを求めていること(丙1),被告五洋がこの選定基準を満たしていること(乙11の1,丙1),被告オリオンツアーが被告五洋を選定した理由としては,このほかに,同被告には,平成12年から同14年の間に,ファンダイブ,体験ダイブ,Cカード取得,スノーケルの講習で1500人以上,過去累積で5000人以上の取扱実績があり,被告五洋の参加者受け入れ対応における判断及び報告が的確かつ迅速であり,過去に参加者からのクレームがないといった事情を加味したことが認められる(丙1)。このような被告オリオンツアーの選定基準及び選定は,ダイビングサービスの運営実態に沿った客観的,実効的かつ現実的な基準であり,ダイビングショップの選定基準として適正かつ妥当なものと評価することができる。また,このような基準を満たしている以上,それ以上にダイビング業者の内部的な安全教育の内容・程度,個々のインストラクターの技量・経験の程度,非常事態の際の対応等につき,個々具体的に調査をすることは困難であり,被告オリオンツアーにとって,本件事故の発生は認識・予見することができなかったものと言わざるを得ない。
これに対し,原告らは,沖縄県水上安全条例第18条第2項に基づく安全対策優良事業者の指定基準をもってダイビングショップの選定基準とすべき旨主張するが,原告ら主張の基準は,旅行会社の安全配慮義務違反を基礎づける基準としては抽象的に過ぎ,選定基準としては不適当であるというべきである。
よって,被告オリオンツアーが被告五洋をダイビングショップに選定したことに過失はなく,被告オリオンツアーに安全配慮義務違反はないというべきである。
(4) 以上より,被告オリオンツアーは亡Fの死亡について損害賠償責任を負わない。
6 争点5(因果関係の有無)について
前記2で説示したとおり,被告Eには,基本的潜水技術を十分に習得していなかった亡Fを,同技術を習得するまで海洋実習を行うことを控えるか,海洋実習を行うにしても足が立つ浅瀬で訓練を継続すべき注意義務を怠り,亡Fを漫然と本件ダイビング地点に連れ出した過失が認められるところ,被告Eが上記注意義務に従って,亡Fを本件ダイビング地点に連れ出していなければ,亡Fはそもそも海中でマスク脱着に失敗して海水を吸飲して溺死することはなかったというべきであるあるから,被告Eの上記過失と亡Fの溺死との間には因果関係が認められる。
なお,前記1で認定したところに照らすと,海洋実習中において亡Fが海水を吸飲することを防ぐことが可能であったと認めることはできず,また,その後の救護措置を適切に施したとしても,亡Fの救命の可能性があったと認めることもできないから,上記の講習場所の選択に関する過失と死亡との因果関係を中断ないし断絶することはないというべきである。
7 争点6(損害)について
(1) 逸失利益 5520万9293円
亡Fは,死亡時の年齢は47歳であったこと,60歳まで就労可能であったこと等からすれば,その逸失利益は5520万9293円と認められる。
なお,原告らは,亡Fが,子供1名を被扶養者としているので,生活費控除率は30%であり,中間利息控除については,現状の長期金利や公定歩合の金利に鑑み,3%の複利運用を前提とするライプニッツ係数を採用するのが相当である旨主張する。
しかしながら,亡Fは,夫である原告Aと共働きをしていたのであるから,生活費控除率は40%と認めるのが相当である。また,中間利息控除の率も,長期間にわたる逸失利益の現価を算定するに際して,その間の金利状態の推移を予測することは不可能であることを考慮すると,民事法定利率(民法404条)によるとすることに合理性があるというべきである。したがって,ライプニッツ方式より年5%の中間利息を控除するのが相当である。
(2) 慰謝料 2000万円
亡Fは,本件事故当時47歳であり,教諭として働き盛りであったもので,夫を残したまま,また,三人の子の将来を見届けることなく急逝した無念さは察するに余りある。その他本件に現れた一切の事情を併せ考慮すると,亡Fの死亡に対する慰謝料は2000万円が相当である。
(3) 葬儀費用,安置料・棺代等,交通費等 150万円
亡Fの葬儀費用等として191万2000円(甲16),亡Fの死亡に伴う遺体安置料・棺代等として27万3000円(甲18),亡Fの死亡に伴う運賃,交通費等として4万6148円(甲17)が支払われたことが認められるが,これらは全体として葬儀関係費用であるというべきところ,このうち150万円が本件事故と相当因果関係のある損害であると認めるのが相当である。
(4) 入院費用 90万6436円
証拠(甲32の1ないし3)によれば,亡Fの入院費用として90万6436円が支払われたことが認められるところ,この支払金額は,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
(5) 弁護士費用 770万円
本件事案の難易,審理経過,請求額及び認容額を考慮すると,770万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(6) 合計 8531万5729円
原告らは,上記に係る亡Fの損害賠償請求権を各原告の法定相続分(原告Aにつき2分の1,その余の原告につきそれぞれ6分の1)に応じ相続するから,原告Aにつき4265万7865円,原告B,同C,同Dにつき各1421万9288円の損害賠償請求権を相続したと認められる。
8 なお,原告らの被告ファイブオーシャンに対する請求は,同被告が被告Eの使用者であることを前提としたものであるが,被告ファイブオーシャンは被告Eの使用者ではないから,原告らの請求はその前提を欠くものであって理由がない。
9 結論
以上によれば,原告らの本訴請求は,被告E,同五洋に対し,連帯して原告Aが4265万7865円,原告B,同C,及び同Dが各1421万9288円並びにそれぞれに対する不法行為の日の後である平成14年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し,原告らのその余の請求及び被告オリオンツアー,同ファイブオーシャンに対する各請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。